午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

好きな人たちの思想までも愛したい人生だった

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今暮らしている街から地元まで、約100km足らず。電車で片道1時間半ちょっと。遠すぎず、近すぎず、まあちょうどいい距離だと思う。

 

問題は、私は実家と相性が良くないのに、実家に帰らなければ友人に会えないことだ。

私の交友関係にも問題はあって、元々深く狭く派な上に、地元も大学も今暮らしている場所からほど遠いので近くに友達と呼べる人が全然いない。

だから、友達と遊ぶとなると実家まで遥々帰ることになる(ときどき、今いる街の近くに実家がある大学のサークル仲間と会うこともある。ただほとんど異性なので、話が合わない部分がどうしたってある)。

 

とはいえ私は普段から人と会うと元気が出て充電できるどころか、消耗して疲れるタイプの生き物だ。近くにすぐ会える友達がいないのは、個人的にはそれほど問題でもない。本当に会いたい人にだけたまに会えればいいから、友人の居場所が遠いのは別にいい。

本当の問題はそこじゃない。こんなことを言うのも、反抗期が抜けきらない中学生みたいで本当に嫌なのだけれど。私にとって実家は最大の鬼門だ。

 

だって、この人たちは「私を理解する」気なんてない。初めから「自分たちを分からせる、考えを正してやる」気しかないのだ。

ごちゃごちゃと書いたけど、要は私の親族というのは「特定の政党や政治的思想・新興宗教・時代錯誤な人種思想志向への差別」いずれか、あるいは複数の要素を持ち極端に傾倒している集団だと思ってもらえればいい。

 

親族たちの思想を「否定はしないけど私は同調できない」と言い続けているだけなのに、それを許されない。

それがなければ文句なく好きなのに。これさえなければ、たぶん私だって地元も実家も親族も、温かい大好きな場所だと思えたのに。

この人たちだって、居なくなったら間違いなく寂しくて帰ったらそこに居てほしいと思う。思うけど、いざ話すと思い出したように、でも必ず思想の話を始める。

ねえ、遠く離れて暮らしてたまに顔を見せた身内や親族に、思い出したように聞くことも話すこともそれしかないの?と悲しくすらなる。

 

もちろん、自分の対人コミュニケーションの下手くそさは自覚している。そんな私を気にかけてくれる家族や親族は、確かに優しくあたたかい人間ではあるとは思う。

だけどたった一つの重大な思想の違いで噛み合えない。噛み合わないのが分かっているから距離を置いて接しようとしているのに「分からないなら分かるまで話せばいいよ!」と食い下がられるのがキツい。あくまで、自分たちも歩み寄るのでなく「自分たちを理解させる」という方向性のみで。

もちろん地元が皆そうなわけじゃないし、親族だって男側は違う(放任なだけで守ってはくれない)。だけど私が最もよく接する親族女性は皆この調子なので「ずっとここに居たら間違いなく引きずり込まれる」と、中学校に上がる前には地元で暮らす未来を切り捨てた。

 

それすら許されず、逃げることもできない人も世間には多くいると分かっている。だから私は、何者でもなく好きにして居られる空間を手に入れた私は、まだ幸せなのだとも理解している。

だけどそれでも、当たり前のように「地元で暮らす」とか「いずれは地元に戻ってくる」という選択肢を持てなかったことは悲しいと思う。

 

親族たちは、例の思想を持っていても当たり前に地元で生まれ育っているから、自分たちの歪みに気付いてなどくれない。私からすれば、若輩者のくせに失礼ながら厚顔無恥もいいところだと思うことさえあるのだけど分かってくれない。

あなた達の親族だと、子孫だというだけで。狭い地元という世界ではいつ後ろ指をさされるか分からない。そんな気持ちはきっと考えたこともない。

 

いつどこから石を投げられるか分からないから、いつでも跳ね返せるように。陰口も正当化させることなく負け惜しみと言えるように。

どんな人にも認められるベクトルで優れた人になろうと、井の中の蛙ではあったけど物心ついた時から勉強にスポーツに必死になってきた私のことなんて分かるはずがない。

それすら自分たちの思想が正しい根拠に使おうとする親族たちを私が理解できないように、親族たちも私のことなど一生理解はしないだろう。

 

こんなことを知られたり巻き込んだりして、軽蔑されるのもフラれるのも嫌だから、私は家庭を持つことも半ば諦めている。少なくとも迷惑を掛けない幸せな結婚なんてできないと、憧れは持たないようにしている。

それなのに、親族が増えれば自動的に支持者にするつもりで「結婚しなさい、産みなさい」と言われると静かな殺意さえ覚える。私はもう、被害者を増やしたくない。

 

この思想を持つ私たちは正しい、だから幸せになれるしあなたも理解するべきだと言うのなら。あなた達の存在から「逃げる」ことでしか幸せになりきれない私の存在はどう説明してくれるのだろう。

知ってるけどね。「それは屁理屈だ」と言われるだけだ。「お前はちょっと勉強ができるからって調子に乗るな、確固たる信念もないくせに」と文字通りのお説教が始まるだけだ。

話せば話すほど「口ばかりで行動しないお前が悪い、まずは行動すれば分かる」しか言わないこの人たちに論理も自分たちの信念もないのだと分かって悲しくなる。参加するメリットさえ説明できない物事を人に勧めるなって言ってるんだけどな。

 

この人たちのために死のうとはそれこそ死んでも思ってやらないけど、生まれ直したいとは少しだけ思う。

どれだけ世間の人に褒められても。すごいねと認めてもらえても。後ろ暗いものと戦う武器としか考えていなかった私は心から笑えなかった。「そんなものに同調しなくても私は幸せだし優れた人物になれる」と証明したいがための、これはただの武装なんだって、言いたくても言えなかった。

あなた達が純粋に憧れて欲しいと願うものを、そんな道具や手段としか考えていなくてごめんなさいと。どこかで懺悔したかった。だけど、私だって被害者だと思うんだけど謝らないといけないの?とも、どこかで思っていて苦しかった。

 

生まれ育った場所を、同じ血を分けた人たちを。ただそれだけを理由に愛したかった。

分かり合えないこともあるけれど、それは皆それぞれ違う人間だから当たり前で、少しずつ学ぶところがあってそれぞれの思想を愛したかった。

個人で培った思想じゃなく、長いものに巻かれて乗っかっているだけの思想なんて私は愛せない。あなた達への親愛の情を捨てきれないことと、あなた達の思想に同調することは全くの別物だ。

 

頭では分かっている。そう言い切れているのに、心のどこかで親族さえも素直に好きだと言えずに思えない自分が冷たいか大人になりきれていないんじゃないかと悲しくて情けなくなる。

こんなバカみたいなことで、初めから悩みすら生まれないように。生まれ故郷はただ温かく幸せな場所であるように。好きな人たちのことを、思想まで当たり前に愛したい人生だった。

申し訳ありませんは魔法の言葉じゃない

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まだ頭が働かない月曜、朝9時前。

「だからさ、さっきから『〜かと』だの『おそらく〜』だとか、なんで断言しないわけ?」

「その言い方ってさ、ウチにも非がある『かもしれない』ってことだよね?あなたの言い方ってそういうことになるよね?」

「御託はいいんで、ミスしましたって認めて謝ってくださいよ」

といったような台詞が耳を流れていくのは認識しているんだけど、どうしたらいいか分からない。つまり何だ?この人は何をしてほしいんだ?なんて言ってほしいんだ?って謝ってほしいのか。

 

思考がそこに辿り着くまでに、恥ずかしながら「ええ」「はい」「申し訳ございません」を口の中でモゴモゴと動かしながら約1分かかった。

学生時代、教師に本気で叱られている時なんかにたまにあった、ふと冷静になって「今なんでこんなに叱られてるんだっけ」と考えてしまうような状態。あれに一瞬囚われていた。目の前に感情的になっている人がいると、なぜか反比例したように冷静になってしまう、あれ。

あーそういえばクレーム対応マニュアルには「とにかく謝罪に徹して、相手の言い分を全面的に聞くこと」「でもとかだってとか口を挟まない」とかあったなぁ、ですがって数回言っちゃったなぁ。

そっか、あれがダメだったのか。理由なんてどうでもよくて、「ただそちらのミスで自分まで上司に怒られたんだけどどうしてくれるの謝れよ」って溜飲を下げたかっただけか。なるほどそんな感じかな。

 

と、私の心情をつらつらと語ってしまったけれど。

要は、金曜日に発注を受けて月曜日に納品されるはずだったものが、営業さんが発注先を前の担当者様と間違えたままだったので注文が通っていなかった。そういったミスだった。

それで、発注を受けて営業に伝えた私にお怒りの電話が来た。アンタちゃんと伝えますって言ったよね?担当も変えましたって言ったよね?と。

はい。伝えました。担当も変更しました。私が処理できる発注書上は。なので、あとは営業しか処理権限のない社内の発注システム上でのミスしかない。とはいえそんな社内事情なぞお客様の知ったことではないので割愛。

よって「とにかく弊社のミスであることは間違いございません、申し訳ございません。ただ具体的な原因が現状憶測でしか申し上げられませんので、確認し営業担当から折り返しご説明と対応をお伝え致します」とフワッと伝えたら冒頭。

 

 

私としては「こちらのミスではあります」と非は認めた上で、自分のしてないことを勝手に全肯定も全否定もできないから「原因が憶測でしか分かりかねますので確認し回答します」と説明したつもり、だった。

勝手に全面降伏かつ断定調でしゃべって、後からやっぱり違うとなってさらなるクレームにしたくないからリスクヘッジをしているつもりだった。曖昧にしているのは「責任の所在」ではなく、断定しかねる「事故の理由」のつもりだった。

だけど「どんな理由でミスが起きたのか」を説明することを律儀だと思っているのは私だけで、理由より何より大事なのは謝罪だったようで。

私の「説明」は、どうやら人によっては「言い訳」にしか聞こえないらしい。時々気付くのに、また忘れてしまっていた。

 

なんで断定調で喋らないと相手の非も仄めかしていることになるのか、まずそこが分からなくて謝る以前に思考が止まっていた。

あと謝るのも大事だとは思うけど、経緯を説明しなければ解決策だって説明できないじゃないかとも思う。エトセトラ、エトセトラ。

こうやって、非を認めるより謝るより先にあれこれ考えてしまうから「素直じゃない」だの「可愛げがない」と言われるのだ。

ああ、そもそもなんでそんなに謝らせたいんだろう。自分は悪くない、被害者だという証拠がほしいのかな。

って「謝罪と共に経緯を説明する」私も、もしかしたら「謝るより言い訳をする」奴だと思われてるのかな。なんでそんなに自己保身に必死で謝らないのかと思われてるのか、それは嫌だな。

 

もちろん、認めろと言うなら私にも当然非はある。「伝えたら後は大丈夫だろう、それでいつも大丈夫だから」と伝言ゲームの行く末を見届けなかったのが悪い。

いつも大丈夫、は100%ではなくて、その数パーセントが今回かもしれないという意識が足りなかった。

ただこの「こういう理由でミスしました、ここに私の非があります、申し訳ございません」論調も「そこ以外は悪くないってことかよ」と曲解されるんだろうなとうっすら諦めさえある。たぶん今回も「私は原因わかんないです、悪いのは営業です」と聞き取られたんだろう。

別に、謝ったら加害者で謝らせたら被害者だとも思っていないから謝るのはいいんだけど。

こんな小娘の「申し訳ございません」に、責任もない人間の「全て私どものミスです」に何の価値があるんだろう。それなら建設的な原因と解決策を聞いた方がいいんじゃないかと思う。

 

なんて考えが頭を過るから、引っかかったような「申し訳ございません」しか言えなくてまた誠意が足りないと不満がられるんだろう。

というわけで、謝れば済むと思っている奴でもなく、申し訳ないと思っていなさそうな奴でもなく、真摯に謝罪している雰囲気を通話越しでも出せる社会人になりたいなと密かに思う。

でも率直なところ、他の作業が全て止まるし感情的になるし、な電話とか極力したくないのでもうメールで何事も完結させたい。そもそも論として、謝罪なんてしなくていいようミスなく生きたい。無理だけど。

 

ちなみに私は、基本的に日本のビジネスパーソンはあまねく社畜気味であり、あまねく不機嫌でとにかく多忙だと思うことにしている。

だから相手方がちょっとギリギリで仕事をしたり、話を聞いてくれていなくても「お互い様だよね!めちゃくちゃ大事じゃないことは忘れるよね!忙しいし!」と広い心で思えるんだけど、世のビジネスパーソンの皆さまはそうでもないみたいで俺ファースト気味だ。

こんな世の中だし、個人的には「申し訳ございません」よりも「お互い様ですよね」が切り札になればいいのにと思う。誰かに謝らされて、腹いせに誰かに謝らせるみたいな、誰も気持ちよくない負の連鎖は断ち切った方が誰もが幸せになれるのに。

 

なんて、やっぱりホントは謝りたくないみたいな文章しか書けなくなってきたのでもうやめよう。

多忙な月末はもうすぐそこだ。というか2月は短いからもう明後日だ。これ以上謝らずに済むようにあと数日間を乗り切る。そうしたらやっと3月が、待ち望んだ春がやって来る。

第二新卒が転職して半年。社員数2桁の中小企業から、4桁の企業へ転職して思うこと。(2)

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こちらの記事の続きです。

第二新卒が転職して半年。社員数2桁の中小企業から、4桁の企業へ転職して思うこと。 - 午前1時のレモネード

第二新卒で転職してみて約半年が経ち、前の記事では前職と現職で何が変わったのかをざっくりとしたスペックで比較しました。

こちらの記事では、特に仕事の内容や環境・精神面など、具体的な部分で変わったことをまとめていきます。

 

  • 配属ポジション

転職で変えたかったのは何よりこれ。仕事内容で、その意味では大成功。

営業職→完全に内勤職になりました(職種名で業界特定や社バレとか嫌なので非常にふわっといきます)。

とにかく入社して半年経つのに、まだ名刺を10枚も使ってません。笑う。

「転職して今なにしてるの?」と友人に聞かれた時に、具体的な業務の説明が面倒なので知名度に頼って「ここに勤めてる」と丸投げする時に計7枚くらい使ったような使わなかったような。そんなレベルです。

 

ただこれは会社ごとの差というより、新卒と中途で一番違うなと思ったところですね。

新卒の採用・配属は「総合職採用」がメイン。配属になるまで、営業なのか総務なのか企画なのか分からない。

対して中途は、ほとんどがポジション狙い撃ちの採用「この支社のこのポジションが手薄だから増強したいな」とか「このポジションがいなくなったから欲しいな」といった募集。

新卒で今の会社に入って、営業に回っていたら私はこの会社を1年も経たず辞めたかもしれません。中途だからこそこの会社のこのポジションに出会えたと思います。

 

そもそも、私は人の意思を読み取ることはわりと得意ですが、人の意思を変えることはめちゃくちゃ苦手です。

なのにそれがお仕事である営業さんの思考・マインドにはどうしても辿り着けないんです。もう甘えでも言い訳でもいい、本当にできなかった。

よほど深い仲でもない限り他人が他人の意思を言葉で変えられるものだとは思っていなくて、人の意思を尊重する術は知っているつもりでも変える術なんて考えてもこなかった。

だからこそ「営業職というポジション」が苦痛で転職を考えたので、営業以外の自分に合ったポジションに就くというのが転職の最大目的であり最低目標でした。

その上で、それが叶いやすいのは未経験職種でも採用されやすい第二新卒だと判断して転職を決意しました。

結果的に運良く「やってみたかったこと」にまで辿り着けて、成功して楽に呼吸できるようになったので私個人としてはOKなんですが、新卒総合職一括採用って運もあるよなどうなんだろうなぁとも改めて思うようになりました。

 

  • 教育・研修制度

前職では教育・研修はほとんど外注でした。業界合同の研修に参加する程度。

もちろんそれで十分業界の基礎知識は付きますし、色んな会社の人にも会えて良かったし、研修に行かせてもらえただけでありがたかった。中小企業だと新卒でも即・実務な会社も珍しくないでしょうし。

とはいえ当たり前ですが、実務的な部分は会社によって違うので、それだけじゃ不十分なんですよね。業界トップレベルの会社の方による講演内容が、中小零細企業に適用できるわけがない。営業スタイルなんて特に。

 

正直前職の教育・研修については、本当に偉そうな話ですがダメダメだったなと思います。

やってくれるだけきっとマシだとは思うんですが、それでも入りたての何もできない1年目でさえ「同業他社はこんなこと、当たり前に知った上で営業なり企画をしていると思うんだけどな」と危機感を抱いていました。

時には、講義をしに来てくれる取引先にこの会社どう思われているんだろうか、と少し恥ずかしくすら思っていました。

とはいえ「じゃあ代わりに何ができれば、この会社はマシになるの?」が思いつかない時点で自分もダメだと自覚もするわけで。この先が見えない会社で、このまま自分も先が見通せない大したことない社会人生活を送るんだと思いました。

 

営業研修も1週間足らず同行しただけ。営業する商品も正直時代遅れなのに、何をアピールするかは「若い感性で考えろ!」と丸投げ。

普段は自分たちの経験を盾にふんぞり返っている上司や役員に「あなた方の経験とやらはこういう時に活かすべきなんじゃないの?」と思いました。

でも思うだけで言えずに、表面だけ素直に営業に出て、もちろん結果は出ず。これじゃダメだと相談してはみるものの、まずは自分で考えて動いてみなさい、と真っ当そうなことを言われると納得してしまう。けれど当然、そんなんじゃ結果は出せない。

今の私は一体社会の何の役に立っていると言うんだろう?とどんどん塞ぎ込んでいきました。

 

といった過去話と愚痴はこの辺にして、一方現職です。

職種をざっくり内勤職と書いた理由でもありますが、若干専門職っぽい業務です。もし今後また転職するとして、汎用性はどうかなといったところ。

そのため社内のシステムと規定を覚えないと対顧客の業務はできないので、中途ですが練習と称して丸1ヶ月間の研修がありました。

人員がいて多少余裕があるからこそなのですが、とてもありがたく心強く、さらに正直いきなり顧客対応がないのが気楽で。今思うと本当に幸せな期間で、まさに夏休み状態でした。

 

また、課内の新卒以外のメンバー全員に一度ずつは課題をチェックしてもらうことで交流もでき、同僚の顔と名前もすぐ一致しました。人見知りな上に人の顔と名前を覚えて一致させることが苦手なので、これもかなりありがたかったです。

さらに私の配属になったチームは特に上長が素晴らしく、報連相を促すのは当たり前、常にチームメンバーのタスクと進捗を確認して、危なそうなものは上司の方から「これ手伝おうか?」と声を掛けてくださいます。

上司と言っても若く優しくかわいいお姉様で、正直入社初日の私は「待って上司がこんな素敵なお姉様とかめっちゃ嬉しい幸せ」とキュンキュンしていたのを覚えています。はい盛大に話が逸れた。

そんなこんなで、入社から対顧客業務デビューまで、中途でも1ヶ月の教育機関と猶予をくれる手厚さでした。

 

 

  • 給与/待遇・福利厚生

給与に関しては、正直なところ月給ベースで見ると大差はないです。

ただ見込み残業代込みだった前職と違い、現職は定時を超えると即残業代がつくので、残業時間分で月3〜5万円の収入増となりました。

もちろん残業は減らしていくよう指導はされているので、ダラダラ残って稼ぐことはできないししませんが、やっぱりありがたいです。

また前職では実家暮らしと家持ちが多かったため家賃補助はなかったのですが、現職では借家なら一部ですが補助が出るのもありがたいです。これなら家賃補助がないからって郊外に行かなきゃよかった。


さらに、月給が低い分をボーナスでカバーして年収が高いタイプの企業なのでボーナスが高いです。前職では1.25ヶ月分+αくらいでしたが、たぶん現職は2〜3ヶ月分一気に出ます。

やっぱり内勤なので、営業に比べると高くはないです。それでも内勤にしては、同年代平均よりは間違いなく高くなります。

余裕でワーキングプアだった前職ですが、現職ではフルでボーナスが出れば年収でプラス80万近くにはなりそうです。

 

休暇に関してもかなり良くなりました。ここについては前職も完全にカレンダー通りの休暇でそこまで不満はなかったのですが、現職では大満足です。

特に長期休暇の時期については、推奨とかではなく社内一斉に1週間以上休業するので大変ハッピーです。

転職前に「有休消化と言う名の20連休中」と友人を煽ってましたが、転職後も「私8連休くらいあるんだわ」と煽ってます。いえーい。

あとはまだ私は必要としてないので取ってませんが、有休を取る人も多い環境ですね。旅行好きな方とか、必ず月に1〜2回は有休を使って出かけてます。ライフワークバランスは良いと思います。

 

 

といったところで、転職を決めた当初は「仕事内容さえ営業じゃなくなるならそれでいい」という消極的な目標でしたが、奇跡的にうまくホームランを放てたので何やらとてもホワイトそうな社会人生活になりました。

本当に精神衛生はかなり改善しましたね。ただ座り仕事なので運動不足と体重の加速がヤバめです。これだけは何とかしたいです。

 

とはいえ、別に「前の会社はゴミ!」なんてことは思っていません。あの会社に入って、あの職務を積んでいなければ今の会社には入れていなかったと思います。

数ヶ月の営業時代、本当の本当に何の成果も出せなかった私を置いてくれたこと、何よりただの学生だった私を(末端とはいえ)憧れの業界の社会人にしてくれたことも感謝しています。

 

今の会社にも100%満足しているわけではありません。営業成績は確かに大切だけれど、逆に言えば成績だけを重視する若手が多すぎるあまり、数字さえ取っていれば色んなことが許される風潮は気になります。

他社も入っているオフィスビルの共用部分で平気で仕事の話をしたり、まだ公開できない・公開してはいけない情報が出ている会社イベントの写真をSNSに上げたり。コンプライアンスや一般常識、倫理やマナーが怪しい社員もちらほらいます。

会社では仕事だけしていればいい、友達を作る場所ではないとは思いません。ですが、どこか学生のままのノリな社員が多いのも気になります。

上司と部下というより学校の先輩と後輩のような会話と態度、部署というよりサークルのような雰囲気にはたまに違和感も覚えます。強要されるわけでもないので良いんですが。

 

あとは社内行事をちょっと張り切りすぎですね。

正直たまにバブルか!と思います。リアルタイムでバブルの時代知らないんですが。そのお金、競合他社を出し抜くためのサービス・システム開発とかに使おうよ!そんなに油断していい業界ポジションでもないでしょいいのこれで!となります。

全体的にちょっと内向きというか、内輪で盛り上がりすぎというか。「ウチらのメンツ最強〜☆」と盛り上がる田舎の自称リア充でパリピな女子中高生を見ている気分、を思い出します。とはいえ会社なんてどこもそんなもんですかね。

新卒でここに入っていたら、これに違和感も覚えずこれが会社で社会の一般常識と思っていたら、と思うと平和ボケしすぎて他では戦えなかったと思うので、ちょっとそこは転職組で良かったなと思います。

 

でも社風以外の条件面は本当に、心から転職してよかったと思います。

社風も要はゆるめなので、オシャレで顔面偏差値たっかい人が多いです。目が幸せです。オシャレに興味のない私もいますが、最低限ジャケットを羽織れる服装であればほぼ何でも許されるので生きていて楽です。

今は若い会社なので、ずっとこのままここに居るかは分かりません。それでも、少なくとも3年先どころか1年先も考えられないといったことはなくなりました。

転職しても100点満点の会社なんてそうない、というか9割9分8厘くらい出会えないと思います。ただ某人材会社のCMじゃないですが、今よりいい会社に出会える可能性は充分にあります(よほどの大企業勤めかつ高収入の方でなければ)。

 

今の私は、かなりまともじゃなかったけどそれでも冷静に短期リスクと長期メリットを判断して転職を決断した半年前の自分を褒めたいです。

過去記事を再公開する時に少しだけ読んで、当時の思考を思い出して「苦しかったけどそれ正解だよ、ありがとう」と伝えたくなりました。

転職は誰でも経験することやするべきことではないし、しなくて済むならしない方が幸せだとは思います。

ただあの頃の私のように、何でもいいから他の人はどうやって乗り越えたの転職したのか知りたい、と同じように悩んでいる人がいたら、少しでも救いや背中を押すことができればと思います。

また、もうすぐ春が来ます。初めて社会に出たその春、あの頃の自分が描いた大人の姿を思い出して、少しでも近付けるように。次の春からも、歩いていきましょう。

 

 

p.s.色々ぶっちゃけて書きすぎたので、もし個人や会社がうっかり特定できた方がいてもどうか総務に通報しないでください。

何卒よろしくお願い致します。通報する窓口が総務なのかも分かってませんが(色々台無し)。

 

第二新卒が転職して半年。社員数2桁の中小企業から、4桁の企業へ転職して思うこと。

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お久しぶりです。最後の更新が7月末。半年まるっとブログが放ったらかしになっていました。

どれくらい放置していたかは、残暑の時期には更新するつもりだったからこんなイメージ画像だったことが物語っていますね。

たぶんもう見てくれている方いないので「お久しぶり」も変だけど、そこはまあもういいや。

 

 

言い訳はひとまずこのくらいで。

その間に新卒入社2年目の企業を退職、2社目となる転職先に勤務し始めました。一応業界も職種も違うまっさらな状態で、ぺらぺらな第二新卒はおたおたと再スタートしました。

正直、早すぎることに2日目あたりから緊張することなく馴染めて、びっくりするくらい快適でした。人見知りにしてみれば本当に驚き。

馴染みやすかった要因としては、中途入社の受け入れ体制が整っていたことが大きいと思います。規模が大きいぶん中途入社も多いので、第二新卒での転職も珍しくない。このあたりも助かりました。

 

でも何より、社員のキャラやテンションが自分に近いこと。それから、就いた職種が未経験とはいえ自分のずっとしてみたかった職種であること。

その辺りがとても楽で、なんだか息がしやすくて。学校や部活みたいに「みんな大好き!最高!」とはさすがにならないけど、居心地はいいです。

ただ何かしらアウトプットし続けることが仕事なので、プライベートでは書いてアウトプットすることから遠のいてしまっていたなと。強いて言えばそんなところだけ、少し変わってしまったのかな。

 

 

とはいえ、前は「どの会社でもどこかしら合わないところはあるし、どこかしら無理はしないとやってけないでしょ」と思ってました。

でも転職してみて、今のところは「自分に合う会社って探せばあるんだなぁ」と思えています。

そんなわけで、ある程度落ち着いて周りも見えてきたので、第二新卒が中途入社をしてみて感じたことを綴っておこうと思います。

まずはざっくり、分かりやすく数値などの指標でまとめられそうな部分から。

 

(1)事業所

地方内に2ヶ所・転勤なし→全都道府県に事業所あり・転勤あり

転勤があるかもって時点で総合職感が増しますね。

既に家を出ていて、身内の危篤でもなければあまり地元に執着もない(むしろよほど僻地でなければ知らないところに行ってみたい)人なのでばっちこいでした。

 

(2)総社員数2桁→4桁後半

前職は「ワンフロア1桁〜10名台」でしたが、現職は一気に「支社によりワンフロア300名超」です。同じ部署の人だけで前職の社員を超えてます。

学校のひと学年が全部ワンフロアにいる感じですね。なのでクラスという名の部署が違う人はもうさっぱり知らない人です。

 

(3)部署数実質3部署→20部署くらい

前職は「営業部からの異動は実質なし・部以下の課が存在しない」でした。営業部と、役員が兼任している総務部と、私のいた部署だけ。

私のいた部署にはそれほど人は必要ないので、営業に回されたらもう戻れませんでした。

対して現職は「事業所営業所課が無数にある(少なくともひと目では数えられない)・人によっては異動も多数」です。異動して3ヶ月でまた異動になる人もごく稀にながらいるらしい、というかいた。

 

(4)入居ビル

高さ20mのグループ会社所有ビル→高さ約200mの合同オフィスビル

ちょっと分かり辛いんですが、前職は「ビル内の一室貸切(学校の教室と同じかやや広いくらい)」で、現職は「ビルのワンフロア貸切(300名は同じフロアに入れる程度の広さ)」です。ほんと分かり辛いな。

ただ、入社初日にオフィスに入った時にまず思ったのは「部屋、広っ…」でした。同じフロアにいるのに、視力的にも物理的にも見えない人がいることが驚きでした。

前職のオフィスは常に見えるところに社長も役員も部長もいて息苦しくて泣き出しそうでした。いつもブラインドが降りていて、薄暗い部屋でした。今のオフィスに来て、ああ明るくて広くて息がしやすいな、と思ったのを覚えています。

 

(5)社員特徴

40代以上中心・少人数(2桁前半)→20代〜30代中心(4桁後半)

前職は「20代は片手以下・新卒は毎年は採らない・採っても1人か2人」。

対して現職は「新卒は毎年3桁単位で採用・各部署に1人ずつくらいは同期が存在する」規模です。とにかく若い。お局さんとかいない。社内でも部署によるようで、私の部署は特に若いです。20代後半の課長は当たり前、所長やエリア長でも30代前半。

内勤なこともあって余計に人と会う機会がなく、いつの間にか最近ザ・おじさんな方に接する機会がないなと気づいた時はハッとしました。

 

人数についてはたぶんですけど、前職の本体企業を受ける総人数と、現職の毎年の新入社員が同じくらいなんじゃないかと。

中途社員でも全国で毎月2桁とか採用しているようなので、本当に狭き門でもないです。こんなに増やしてどうするんだろうと思いますが、営業さんが辞めていくことが多いみたいですね。

とにかく「前の会社の空気感とか常識とか、たぶん何の役にも立たないな」と真っ先に思いました。

 

 

うん。そんなわけで、逆に前職と現職の共通点がほぼ見当たらないんですよね。

共通している部分もあるにはありますし、だからこそ2年目(正確には1年3ヶ月目というほぼ新卒に毛が生えた状態)での転職活動でも「自分はコレができます」と言えて、ちょっと専門職っぽい要素のある今の仕事に就けました。その点では前職に就いていてよかったと思っています。

ただ何がどう役立ったか、をあまり具体的に語り始めると一気に前職や現職が絞られそうなので、ここはある程度で割愛します。いつか転職活動中のことを書いたらちょっと触れるかも。

 

前提として言っておくと、決して「大企業に転職したぞ☆」みたいな自慢がしたいわけじゃないんです。

だって毎年3桁とか採用してるあたり、入社が狭き門とは絶対に言えないじゃないですか。

中途入社も多いので、入りやすい会社だとは思うんです。会社の規模が大きいからって、私は難関を潜り抜けた選ばれし人材ってわけではない。

ただ、仕事をする環境が180度とは言わずとも120度くらいは変わりました。精神状態が一気に安定したので、QOLも間違いなく良くなりました。

あとは自慢したいわけではないと書きましたが、やっぱり知人や親戚なんかに勤務先を聞かれて社名で通じるのはラクだし嬉しいです。何より前職で思っていた「私は社会の何の役に立っているんだろう」に、自分の好きなことで貢献できて、明確な答えを持って働けているのが嬉しいです。

 

なので、転職して半年。

今思うことは、総括すると「転職してみて良かった、本当に」です。

ここまではざっくりとスペック的に前職と現職を比べてみたんですが、それを踏まえてこのくらい変わっても人は生きていける!とか第二新卒でも転職でこのくらいのキャリアチェンジは叶う(こともある)よ!的な意味を込めて、もう少し具体的な部分も掘り下げてみます。

ただ長くなってしまうので、一旦具体的に変わった点については次の記事に分割します。 

ついでに転職活動中にビビって下げていた、前職で本気で病みかけていた頃の闇のような記事も時効と判断して、ビフォーアフターで上げておきます。しれっと。もしお暇があれば「これかな?」と探してみてください。

すぐ隣のパラレルワールドを、忘れない

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数週間の有給消化に入って、気付いたことがある。

社会人になってからの私はめっきり「平日の昼間」の世の中のことを忘れていた。

朝出勤して、帰る時間になって気付けば日が暮れているから、この季節は何時まで明るいとか何時から涼しくなるとかそんなことも分からなくなっていた。

そう気付いたつい最近になって他の方のブログでも似たことに触れた記事を読んで、自分だけじゃないんだと安心したけれど、きっちりカレンダー通りの生活をしていると本気で分からなくなるものだ。

 

子どもの頃、平日の昼間は風邪を引いて学校を休んだ時だけ味わえる特別な時間だった。

田舎の住宅街はひっそりとしていて、外は明るくて鳥なんかも鳴いているから孤独で不安ではないけど、それでも「世界には自分だけ」みたいな不思議な感覚にわくわくしていた。

大学時代もわりと平日の昼間に暇し放題だったはずだけど、あの特別感はもうなかった。

たぶん、同じように暇を持て余して辺りをほっつき歩いていた、同じ大学の学生の存在によって特別感は失われてしまったんだろう。

それから単純に、私の通っていた地方大学の周辺には特別感を感じられるような遊びスポットが存在していなかったのもあるんだろうけど、悲しいのでこれ以上は考えない。

 

少し大人になって働き出して、外回りをしていた頃は平日昼間の街中を歩き放題になった。

ただ子どもの頃とも大学の頃とも違って都会に出てきたので、平日昼間でも街は人で溢れていて「世界に自分だけ」なんて感じる余地はどこにもなかった。

その特別感が失われたことだけを何となくさみしく思いながらも「平日昼間に、明らかに仕事でなく好きに街を歩いている人は何をしているんだろう」なんて少し羨ましく思っていた。

平日昼間は土日と違ってどこもそれほど混んでいない。仕事後の夜と違ってお店の閉店や電車の時間も気にしなくていい。そんな街を、私も仕事と関係なく気楽に気ままに歩いてみたかった。

 

 

そしてこの夏、仕事を辞めることになって昼間にもたっぷり時間ができた。

働いていた頃は「平日の昼間に出歩いていたら自分はどう見えるんだろう」なんてぐるぐると考えていたけれど、いざとなると気にならなかった。

考えてみれば平日が休みという職種の方はたくさんいるし、今の私ならギリギリ大学生か大学院生くらいにも見えるだろう。

そう思って、土日は混みそうだからと敬遠していた諸々の手続きをこの休みの間に済ませてきた。

それでも、平日に働いていた頃の自分が思っていたほど土日との違いはなくて「そういえば今日って平日なんだっけ」とハッとしたことの方が多いくらいだった。

 

いざ街に出て歩いてみると、平日の昼間でもショッピングモールは学生や主婦や平日休みのサラリーマンで普通に賑わっている。

病院や役所もやっぱりそこそこ混んでいる。

思っていたより、私が「ひっそり静まり返っている」だとか「特別な時間」だと思っていた平日昼間の世界は「普通に賑やか」な世界だった。

平日に働いていた自分からすれば、裏世界のような中身不明のびっくり箱のような世界だったけれど、そんな大層なものではなくて私が働いている間も淡々と世界は動いている。

少なくとも別に、私の知っていた土日だけ賑やかな世界が普通でもなかった。

 

また平日に働き出したら、平日昼間の世界は私には観測できない世界になる。

何が起きていようとリアルタイムでこの目で見て知ることは叶わなくて、私の知らないちょっとしたパラレルワールドが延々と続く。

どちらにしろ、平日に働いていれば平日昼間の世界を知ることはできない。ずっと休みの生活を送っていれば、平日に世の中を回している側の人々の世界を知ることはできない。

互いが互いにとってのパラレルワールドに近いと思うのだけど、自分の見ていた世界だけが当たり前になる前に、このタイミングでふともう片方の世界を思い出せてよかったなと思う。

もうすぐこの有給消化の日々ともお別れだけれど。単に休めたというより、色々なことを思い出せて気付けたことに意味があったと思う。新しい場所で、またこれから頑張ろう。

大人になることの意味がわかった気がしたのだよ

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転職に伴う有給消化のおかげで、このところの私は社会人でありながら夏休みを満喫している。

大学生の頃は2ヶ月くらいあった夏休みだけど、正直なところ遊んだり出掛けたりするお金もなかったので、ただただ時間だけを持て余していた。

「学生の頃は時間があってお金がなく、社会人になればお金があって時間がない」とはよく言うけれど。まさにそうだと、社会人1年目の去年は噛み締めていた。

 

ただ、今の私は社会人なのに夏休み中。

つまり(学生時代よりは)「お金もあって時間もある」状態で、おそらくこんな機会はもう二度とない。

正直なところ私は昔からお金を使うことに罪悪感と抵抗がありまくり、貯金残高が減ると不安で泣きたくなるので、極力お金は使いたくないタイプではある。

でも学生時代にぼんやりと「時間はあるけどお金がないからできないな」と思っていたことを、「お金がない」というネックを除いて実現するなら今だと思った。

 

学生時代、それこそ中学生あたりからずっと「いつかしたい」と密かに暖めていたことがあった。

それが「遠足や遠征で大人に連れられて行ったところにひとりで行き、ひとりで好きに歩くこと」だ。つまり言ってしまえばひとり旅。

ただ普通のひとり旅と少し違うポイントは、観光スポットをひとりで巡るのではなく、名所でもなんでもなくてそれでも「自分にとっては思い出の場所」を記憶を元に探して歩くのだ。

ただ私が楽しいだけの、写真を撮ってみてもフォトジェニックでもなんでもない旅。それでも私の中高生時代のガラケーで撮った写真よりは、よっぽど鮮明に映せるはずの風景をもう一度だけ見に行きたかった。

 

何よりこれは私にとって、ちょっとした供養に近い儀式でもあった。

中高生時代の「いかにも青春な思い出」は、擦り切れそうなくらいに脳内で再生を繰り返すうち、景色ごとどんどん勝手に美化されて色鮮やかになっていた。

最近ではもうはっきり記憶の輪郭を思い出せなくなってきているのに、ただ綺麗で色鮮やかだったという羨ましさだけが残っている。

ふと思い出しては、はっきりしないものに後ろ髪を引かれて、勝手に憧れて焦がれて苦しくなる。もうそんなことを止めたいとここ数年思っていた。

そのためにも思い出の景色を、脳内の記憶ではなくデータとして手元に置いておきたいと思った。あの景色は10代の少女でなく20代になった私でも行ける、ネバーランドでもなんでもない場所だったと自分に言い聞かせる材料がほしいと思った。

 

お金がかかるとはいっても海外でなく国内旅行だから、10万円〜単位を使うわけではない。ただそれでも1ヶ月分くらいの食費は飛ぶ。

片道の移動時間も3時間超え。歩き回って疲れて日帰りが厳しければホテル代もプラスでかかる。

「社会人の夏休み」中でなかったこのところ1年の私には、時間とお金両方、プラス体力を理由に踏み切れないままの気持ちだった。

だけど今の私には「面倒くさい」以外に踏み切らない理由がない。

休暇の過ごし方を聞いてくる家族には、呆れながら「そんな特に何もないところに何をしに行くの?お金と時間の無駄でしょう?」だの「思い出巡りって、お前の時間は中高生で止まってるの?」などと言われた。

でもこの7、8年暖めすぎて発酵しそうな思いをいい加減どうにかしたくて、構わず電車に乗ってきた。

 

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3時間と少しかけてたどり着いたそこには、やっぱり別にフォトジェニックでもなんでもない、だけど記憶の中と同じ景色があるだけだった。

ただの試合会場(というか施設)があって、もう私とは何の面識もなければ世代も多少違いそうな中高生が、昔の私のように我が物顔で歩いているだけだった。

それを寂しいとも羨ましいとも思わなかった自分にホッとした。ただただ、いつかこの子たちもこの景色を思い出すなら、懐かしく優しくて色鮮やかならいいなと願っただけだった。

 

私の記憶の中の青春の風景は触れたら消えてく幻でもなんでもなく、今も来られる場所として変わらず在った。そう確かめられただけで満足したし、安心した。

そして、この満足と安心を得られたことが、私が少し大人になった意味なんじゃないかと思った。

何年も惑わされていた「青春の風景」という幻は、その気になればいつでも来られる現実なんだとずっとずっと確かめに来たかった。

だけどずっとずっと持てなかった決意と時間とお金のセットは、大人になったから手に入れられたのだ。

 

そもそも家族に言われた「お前の時間は止まってるの?」「過去に囚われず今を生きなさい」は、私にとっては見当違いな指摘だ。なに言ってんだって感じでしかない。

幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、でそれぞれ世界が完結しているわけじゃない。というかある程度連続性があるのが普通だろう。

今の私の中にも、幼稚園の頃から持っている願いもあれば高校生や大学生になってから夢見ていることもある。それぞれの時代の思いを抱えたまま今も生きている。

抱えたまま捨て切れていないのは、今までの私には時間なりお金なり立場なり何かが足りなくて、その思いを叶える術がなかったからだ。

私が大人になっていく意味は、その「いつかの自分が叶えられなかったことを、叶える術を手に入れていくため」なのだと思った。

 

書き出してみれば、ものすごく当たり前のことすぎて笑ってしまう。

それでも「今できないことでも、大人になって叶えたり解決したりできるならそれでいいのか」と気付いて少しラクになったし楽しくなった。

もちろんその時にできないと意味がないこともある。遡って過去の後悔を消すこともできない。今できることは今やる。 

問題は先送りしないけど、やりたくてもできないことは先送りしてもいい。少なくとも、今すぐ叶わずとも年月が経っても消えない願いならこれでいいんじゃないだろうか。

今の私には、子どもの頃に将来の自分に持っていた、漠然として大それた夢と希望は持てないし応えられない。もう私には夢なんてないと思っていた。

そんな今の私にも、実はまだ託されたままの願いはあったし、これからも叶えられる小さな夢がまだあるかもしれない。

 

子どもの頃の私は、早く大人になりたかった。小さな田舎町をさっさと出て、都会に住みたかった。

中高生の私は、大人になりたくなかった。もう今のままずっと時間が止まればいいと、きっと何者にもなれない自分は小さなこの街でこのままモラトリアムを過ごせればいいと思っていた。

大学を卒業して社会に出た今も、これ以上大人になりたくないと内心ずっと唱えていた。

でも、今の「大人」レベルじゃ叶えられないままの願いがあるかもしれない。もう少し大人になれれば果たせる夢があるかもしれない。

小さかろうと大きかろうと、大人も夢や希望を捨てずに持っていていいんだ。そう気付けたことが、きっと私がまた一つ大人になった意味なのだ。

新卒入社1年4ヶ月、今日で会社を去ります

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先週の夜、直属の上司に転職に伴う退職の意思を伝えた。それから数日。

小さな会社だから、もう風の噂で聞いたという人も、何となく察している人もいる朝。

とうとう朝礼で全体に向けて、転職すること、そして退職すること、明日から有給の消化に入ることを告げた。

 

結局、歳がすぐ近くの先輩たちには自分から言い出せないままになってしまった。

退職の意思を上司に伝えてから最終出社まで、もう少しあるだろうと思っていた。だからどこかで伝えたいと思っていた。

けれど上層部から唐突に「せっかく残ってるものは使うべきだし、明日で有給消化に入ろうか」とありがたくも戸惑う通達をいただいてしまった。

だから先輩たちからしてみれば、朝礼で突然後輩の退職を聞いて、その後輩はそのまま今日いっぱいで出社しなくなるのだ。

その唐突さを思うとどんな顔をすればいいのか分からず、もう「ごめんなさい」と言うべきなのかも分からず、苦笑いをした後にいつも通りな風に振る舞うことしかできなかった。

 

直属の上司と総務部関係者以外にも、自分の口から伝えたのはこれが初めてになった。

だから、改めて挨拶まわりをしている中でいただいたいくつもの「なんで先に言ってくれなかったの」の言葉が刺さった。

それは「辞める前に相談して」の意味でもあり「決めたなら公式発表前に教えてよ」の意味でもあったと思う。

いずれにせよ、相談しなかった私を責めるというより、言われなかった頼られなかった自分たちを責めるような言い方が辛かった。

「しんどそうだなって気に掛けてはいたんだよ」と言われる度、私は「知ってました、ご心配お掛けしてすみませんでした、ありがとうございます」と泣きそうに笑うことしかできなかった。

 

 

本音としては色々ある。

だって転職が決まるまでは社内の人には誰にも言わない方がいいとか、上司より先に先輩に伝わるのはダメとか聞いていたし。

気の重い秘密の共犯者にしたくなかったとか、変に気を遣われたくなくて普通にしてほしかったとか、勝手な願望もあった。

本当は辞める決断をする前に、苦しさを相談するべきだったのは分かっていた。

 

だけどそうしなかったのは、最終的には「話してしまったら、仕事は苦しくてもその人たちに後ろ髪を引かれて、どうにか残りたくなるから」だったのだと思う。

仕事そのものは辛くてたまらなかった。何度も私は何をしているんだろう、これが誰の役に立つんだろうかと分からなくなったし、当然結果なんて出せなかった。

だけど、そんな中でも私を責めない優しいままの会社の人たちを、私は本当にみんな好きだったのだ。

 

 

話してしまったら、この人たちを裏切るんだと改めて意識してしまう、心苦しくなってしまうに決まっていると自分でも分かっていた。

けれどそんな優しい人たちなので、辞めると発表したその日、週末でもないのにほぼ総出で飲み会を開いてくれてしまった。

そして上司に辞意を伝えた時の上司の対応もそうだったけれど、その飲み会での皆さんの私の扱い方もまた完璧だった。

ほぼ総出で人員が集まった名目は、確かに「あいつが辞めるから最後に飲もう」ではあったけれど、決して過剰に私を主役扱いしなかった。

最初に次はどういうところなのとサラリと聞いただけで、どうして辞めるのとかなんで言わなかったのとか、問い詰めるようなことは一切なく、ただただいつも通り普通にお互いを労う飲み会だった。

 

 

それでも帰り際、駅まで歩きながら、直属の上司の更に上の上司がこうこぼしてくれた。

「ねぇ、分かっててね、みんなね、寂しいんだよ」

「でも別にここで終わりじゃないから、繋がりはなくならないから」

ほんとかよって思いながら、そんなこと言ったって私なんてすぐ忘れるでしょなんて内心うそぶいているのに、涙腺に直撃してしんどかった。

私は寂しくなるけど。皆さんはそんなことないと、むしろせいせいすると思っていた。

なのにどうして。どうして経営陣と顧客その他諸々からの無茶振りに、日々余裕もなく慌ただしく駆け回りながらそんなことを言えるんですか。そんなに優しい言葉をくれるんですか。

 

泣きたくないと思っていた。泣きだすとしゃくりあげてしまってうまく話せなくなるから。

なのに何度も何度も泣きそうになって、ごめんなさいとありがとうを伝えるだけで精いっぱいだった。蛇口が壊れたみたいに、涙腺が緩みっぱなしだった。

本当はきちんと経緯を説明したかった。どうして転職・退職までを考えたのか話したかった。

それでももう涙腺への攻撃と涙声を堪えるのに必死になるしかなくて。泣きそうな声で笑いながら、ありがとうございますって言うことしかできなかった。

 

 

転職が決まるまでは「早くここから居なくなりたい、その方が会社はお荷物を放り出せて私は罪悪感から解放されて、お互い幸せになれる」とまで思っていた。

上司に話すまでも「これでもかとこれまで辛かったことをぶちまけてやろう」と思っていた。

けれどいざ公になってみると、そんなことは話そうとも思わなくなった。

むしろ半人前が勝手に思い詰めて勝手に始めて、勝手に決めて勝手に報告したことなのに。

誰もが社会人として最低限の嗜みだとしても、内心思うところはあろうとも建前でも笑って応援してくれて。

その気持ちがありがたいと同時に、そんな人たちとの関係を手放すことがさみしくて寂しくて。

帰り道は、電車の中から泣けた。涙は流さないように必死に耐えたけど、鼻は何度も啜っていたし目からはずっと涙が決壊寸前だった。

 

 

電車を降りて、駅を出て、家まで歩く途中。

唐突な最後の一日を頑張った自分にお菓子でも、とコンビニに寄った。それでも気は紛れなかった。

店を出て、コンビニ袋を片手にカサカサと言わせて歩きながら、もう日付も変わって誰も居ないし暗くて分からないからいいやと涙をこぼした。時々嗚咽も出たけれど、それも含めてもういいやと思った。

 

ただでさえ低い視力な上、涙で潤んでぼやけた視界だ。たくさんの星なんて見えなかったけれど、明るい月だけは綺麗に見えた。

たぶんこの夜に見上げた、滲んだ月のことはきっと忘れないと思った。

半人前のくせに、これだけ幸せな送り出し方をしてもらってしまって。寂しい、嬉しい、ありがたい、寂しい。でも何より、ああ私、頑張らないといけないと思った。

 

 

次こそ笑って「大変だけど嫌いじゃないよ、この仕事」と言えるようになりたい。

勝手なエゴだろうけれど、それでも今日送り出してくれた人たちに、いつかの私を見て「よかったね」と思ってもらいたい。

まだ何も始まっていない次の私も、きっと今の私と劇的に変わり映えはしないだろうから、背負わせすぎるのは酷だと思うけれど。ただの逃げ場じゃなく、頑張らせて欲しい場所として選んで入れてもらった次の会社がもうこれからは私の場所になるんだ。

置かれた場所で咲けなかったなら、咲きたいと望んだ新しい場所でこそ。咲いてみせよう。肥料はもらった。頑張らないと。