午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

やっぱり私はまだ中高生のままなのかもと思った話。

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よくある話すぎて、自分が見かけても手を止めるか分からないくらい、本当にありふれた話をする。

本気ですごく気の合う、仲の良い友人だと思っていた数年来の男友達に告白された。

 

こちらの市内で夕方まで用があるから、それが終わったら飲まないかと言われ、暇だし良いよと言って会う、時々だけどよくある予定だった。用というのが共通の趣味に関するものだったので、その話なら私が呼ばれるのも不思議ではないなと何も考えなかった。

正直向こうも結構飲んでいたし、私も酔って頭がふわふわして「眠い」という意識しかなかったので、あれは現実だったんだろうかとさえ思う。

本当にそんな雰囲気も何もなく、シチュエーションもそれっぽくなんかなかった。ただ駅で別れようとしたら呼び止められて、終電までまだもう少しあるから構内でお茶でも付き合えと言われるのかな、もしくはカラオケ二次会か、なんて思って怪訝な顔で振り返ったら出てきた言葉が告白だった。

 

申し訳ないけれど、全く心拍数に影響はなかった。ただただ狐につままれたように、本気で「こいつは何を言っているんだろう」とだけ思った。たぶん顔に出ていたと思う。失礼ながら、ちょっと迷惑そうな顔だったかもしれない。友達じゃなかったのと裏切られたような思いもしなかったけど、ときめきもしなかった。

なんと返事をしたのか、というか、どれが返事だったのかも分からない。そもそも気持ちを伝えられただけで、返事を求められているのかも分からなかった。

ありがとう、でもごめん、今恋愛をする気はない。そんなことを数回繰り返した気がする。本当は聞きたかったけど、私が安易に誘いに乗るから勘違いさせたのとか、思わせぶりだったのかとは聞けなかった。いつからともさすがに聞けなかった。今とか言ったけど、本当はそんなの関係なく君のことをそんな風には見られないとも言えなかった。

 

学生の頃だったら仕方ないと、自分にもそう思わせてしまうところはあったのかなと思えたと思う。異性で仲の良いふたりがいたら、そんな話が出るのは悲しいけど当然の流れはあった。

だから当時は、カレシとか付き合うとか興味ないですと枯れた女子であることを全面にアピールして、男友達たちにも周囲にも、決してそんな勘違いをさせないようにと振舞っていた。

社会人になってからは、結婚する人はもちろん、長く付き合っている結婚前提の恋人がいる人、もしくは仕事が忙しくて恋愛どころではない人も増えたからある程度落ち着いてきたし、予定が合う奴だけで集まろうなんてことも多くなった。

だから、ああやっと、細かいことを気にせず男女の友情ってやつが成り立つようになってきたのかななんて思い始めたところだった。

 

 

本当によくある話すぎて、ショートショートすらきっと書けない題材だなと思う。

私はそんな、本当によくある「みんなは男女の友情なんかないって言うけど、そんなことないよね」と言っていたらそうじゃなかった、に直面しただけ。

やっぱりないのかな。年齢とか関係なくないのかな。互いに彼氏彼女がいなければ、もしくはいたとしてもあり得ることなのかな。

私はただただ、流行りのファッションやメイクだの彼氏との最近のデートや結婚の予定だのの話をしたくないだけだ。「部活の練習がしんどい」と愚痴ったり「このマンガが面白い」と盛り上がれた学生時代のように、仕事がしんどいとかこのアニメが面白いとかこの曲いいよねなんていう、マウンティングの欠片もない話で笑っていたいだけだ。

 

そんな話をできる同性の友人ももちろんいるにはいる。いるけれど、やっぱり同性だからこそ女性ならではのキャリアの話とかになってしまう部分はある。

社会人になると、嫌でも女性が男性と全く同じように生きていくことの難しさに何度も直面した。けれど彼らと話していると、例え錯覚でもそんな差がないみたいに感じられてうれしいのだ。同じように努力していれば、勉強していれば、彼らとも並んで歩いてゆけると信じていた学生時代のように。

いくら気を置けないとは言ってもたぶん、男友達たちは気を遣ってくれていることも分かっている。下心があるわけじゃないと安全地帯を築き、女はいいよななんてことは言わない。

私が彼らに女を感じさせないように、オタサーの姫みたいにちやほやされたいわけじゃないと釘を刺すように、必要以上に男っぽく振舞ってしまうのとたぶん同じだ。

 

別に学生時代みたいに、告白されたからといって裏切られたというように距離を置くことはないと思う。さすがにそこまで子どもじみたことはしない、できない。知りたくなかった、言わないでよとも言えない。

でももう、前ほど気軽に誘いには乗れない。お互い気まずくなりたくはないから、もちろんこれからもよろしくと言って別れたけれど、全く何も意識せず変わらないことはできないだろう。

申し訳ないけれど、告白されたからといって、意識することはない。本当に本気で、気が合いすぎて兄弟みたいに思っていた。思考回路が似すぎていて、同族嫌悪とはいかないけれど恋はできないなとも思っていた。身内に恋はできないから、本当にどうにもならない。

社会人になってからも、今日いる男があいつとこいつらならまあいいかと、借り物の兄弟の服でほぼすっぴんで会ったことも何度もある。異性だけど、結婚式に出られそうなくらいには気の置けない間柄だと思っていた、それでもあくまで複数の中のひとりだった。

 

 

何より、私の元彼も彼の元彼女も共通の知人友人なので、何年も前のことではあるけれどその印象が拭えないのもある。出会った時にそうして「対象外」で「安全圏」に位置付けてしまったら、私の中ではそれは変えられないようなのだ。

恋愛を持ち込まずに異性とも友人関係を築けるようになったって、自分たちも大人になったなって、少し喜んでいたのにな。結局中高生の頃と変わらないことで悩んでいる自分がいる。

さすがに一対一で会うことが出てきてからは「こいつその気があるのかな」とか、全く何も考えたことがなかったわけじゃない。でも「今更すぎるし、会っても趣味の話しかしてないから好かれる要素もないし、そんなことはない」と都合よく信じていた。だから今回はもう何も考えていなかった。

 

裏切られたとかそんなことじゃなく、うまくやれていると勘違いしていたことが情けない。仮にも好意を告白してもらって喜ぶこともできない自分が悲しいし、どこか他人事のようにこんなことを考えている自分に呆れる。

25歳になって、四半世紀も生きてきて、未だに「結婚する」「家庭を持つ」といった、世間一般的な意味で「幸せになる」過程と自分を結び付けられない。

そして「私がこんなんだから、相手だってこんな私と幸せになりたいなんて求めてこないだろう」とタカをくくってまた失敗する。

性欲がないとか、同性が好きとかそんなことではない。異性が好きだしそういうことも嫌いじゃなかった。ただそこまで強い恋愛感情が持てなかったのと、その先に結婚とかを思い描けたことがなかっただけで。

 

私はこれからどうしたらいいんだろう。

きっと皆もうすぐ結婚してしまう、そうしたら遊べることもきっと少なくなるからと、社会人2年目後半からは同性異性問わず、友人からの誘いにはとにかく乗った。それで後悔することはないと思っていたらこれだ。

でももう学生ではないし、自意識過剰になるほどの美人でもあるまいし「異性の友人とは会わない」なんてことを言うのも違うと思う。うーん。自意識過剰だとしても、せめて一対一の誘いだけでも気にしてちゃんと断るべきなんだろうか、悲しいけれど。

喜ぶのも反省するのも、後悔するのも嫌悪感を抱くのもきっと違う。これで大切な友人を失ってしまったと嘆くのもさすがに違う。

まわりはどんどん一緒に歩く人を見つけて大人になってゆくのに、私だけ一人ですらまともに歩けないままだ。

「いい女」として恋されるより、「いい奴」として認めてほしい。

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タイトルが結論なんだけれど。

これが私の人生のスタンスで、人間関係において恋愛はゼロベースから始められるものではない。最低限、人として「いい人」だと自分が思えて尊敬できて、異性としてどうかは抜きにしてまず「いい奴」と人間性を評価してくれてる相手と交際したい。

何なら、5人の男性に「いい女」だと言い寄られるより、気軽に声をかけて近況報告して駄弁れる「いい奴」な男友達が5人いてくれる方が嬉しい。

 

現状わりと叶っている目標ではあるのだけど、やっぱりそこまで仲が良いわけではない異性・結婚をしてほしい身内からは「彼氏がいない」お前はイコール「いい女」じゃないよね、と扱われることが多くてしんどい。

いい女ではないと判定されることは別にいいのだけど、それだけで「一般的な成人女性として振る舞えない不合格な不良品」で、人間性にまで価値がないというような扱いをされるのが本当にいやだ。

この歳になってこんなことを言っているのは幼稚なのかもしれない。それでも少なくとも、最初から「異性として、交際相手としてアリかナシか」だけを判断して近付かれるのは未だに本当にダメだ。 

 

今まで四半世紀、男性にも負けずに世間一般の平均よりはがんばってきたつもりの勉強や運動、磨いてきた思考と行動とか。そんなことはほとんど役に立たなくて。

いわゆる女子力がある、料理ができるできないとか、家事が好きだ嫌いだとか、子どもが好きだ嫌いだとか(私は小さい子は好きだけど育てる自信は微塵もない)。そんな生まれ持った性質みたいなもので勝敗が決まるっておかしくないかと、思う方さえおかしいのだろうか。

女子力を高める方に力を振れば生きやすくなると、知ってはいた上で世間に合わせてレールに乗るという大人の選択をしなかった私も悪いし、そもそも何と戦っているのかもわからないけど。

 

ただ少し、そういう努力がきちんと勤め先だとか年収だとかに反映されて評価される男性はいいなと、ほんの少しだけ思ってしまう。

「経験値を積んだ分だけレベルが上がっていって、HPやMP、もしくはATKとDEFの値が増える」みたいな分かりやすさが羨ましい。

以前「婚活パーティーなんかだと、その数値が高いカードを手に入れようとバトルが始まるんだよね、強いカードを手に入れてママ友バトルとかを勝ち抜く的な」と男友達に言ったことがある。

彼は「確かに俺はあの場ではカードだった」と言っていたけれど、それでも君は評価してもらえてるんでしょう、と少し羨ましかったとは言えなかった。

 

世間の多くの男性が理想とするであろう、小さくて華奢で可愛くて家事ができて内助の功を体現したような「彼女」「恋人」や「お嫁さん」にはなれないけど。

好きだから盲目的に肯定するだけじゃなくて、役割が違うからこそ言える言葉やできることをしていく「パートナー」にはなれると思うのに。

たぶんその役割は異性である必要はなくて、同性の上司だったり先輩や友人で代われてしまうんだろうな。

 

私はあくまで「同性の友人とはちょっと違って」でも「彼女や嫁ほど気を遣わなくていい」、ちょうどいい存在なんだろうと思う。

都合がいいとまで言わないけど、彼女がいない時には「異性と話せている」という事実と少しの安心感をくれる。気になる異性や彼女ができた時には相談相手や時には揺さぶりのダシにも使える。いや、やっぱり都合いい存在かもしれないな。

 

女だから甘えてるって思われたくない。女だからひとりで生きていくのが難しく厳しいことは知ってる。知っていても、同じように勉強して運動してきた男性陣に、女だからという理由だけで付いていけなくなるのは辛いし悔しいしさみしい。

会話の中で良いことを言ったら「優しくていい女」なんかじゃなく「よく物事を見て考えている奴」と、思考と言葉選びのセンスだけで見て評価をしてほしい。

女に生まれたら、さらに見た目が普通かそれ以上なら人生イージーモードなんて、半分本当かもしれないけど半分は嘘だ。確かに見た目で差別されたり不愉快な思いをすることはあまりなかったけれど、女であるというだけで意識して気を付けていかないといけないことや超えられない壁が多すぎる。

男になりたいわけじゃない。でも女であることは私を構成する一要素でしかなくて、最も重視して念頭に置くべきことなんかじゃない。ただそうあることを許されたいだけなのに、生きるのは難しい。

オタク文化への浸かり方レベルと、海の楽しみ方についての一考察

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まずオタクと海という切り口から、深海魚とか貝とか、海の生き物で例えろよと思った方には申し訳ない。

水族館に行くのは大好きなものの、海の生き物の生態に詳しいというほどではないので止めました。と予め表明しておく。

 

秋の夜長に、「オタク沼とはよく言うけれど、私にとってオタク世界の界隈は沼なんてかわいいサイズのものより広大な海の方がしっくり来るな」とぼんやり考えていた。決して最近ハマったジャンルのことを考えながら、崖から海へ飛び込みをキメる自分が脳裏に過ぎったわけではない。

そう、オタク世界の広さを例えるなら海だ。海は広いな大きいな、だ。

そうして、何だか中途半端な自分の立ち位置を、オタク文化という大海の楽しみ方に置き換えて考えてみた。するとなんだかオタクのレベル分けがスッキリまとまった気がしたのでメモしておくことにした。別にオタクの生態を布教したいとか決して思ってない。

 

ちなみに、色んなオタクがいるとは思うけど、ここでは分かりやすく一般にイメージされやすい「漫画またはアニメ」オタクを想定している。まあぶっちゃけ私がそうだからなんですけどね?

あと、これも予め表明しておきますが、万一比喩がそう感じられてしまったとしても、みんな海の仲間なのでどのレベルの方のことも決して貶めるような意図はないです。ないですけど引っかかったら教えてください。

 

レベル:ライト層

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オタク文化という海の浅瀬を歩いているイメージ。

広く浅く、まさに浅瀬を横断するようにジャンルもすいすい横断する。浅瀬なので走ることも可能で、新しいジャンルにもすぐ移ることができる。何なら反復横跳びのごとく行ったり来たり掛け持ちも容易。

可愛い水着を着てはしゃぎながら水遊びをしている人も多い。女子力を失わず、可愛さやオシャレさといったファッション性との両立もバリバリで可能。

「いい波が来たらビッグウェーブに乗るしかない」サーファー的な人もたぶんここ。

 

街遊びや山川でのアウトドアのように趣味のひとつとして適度に海遊びを楽しむ人もいれば、それこそ「キレイな海をエンジョイする私輝いてる☆」とか「私の毎日を輝かせる要素のひとつ!」みたいにファッション感覚の人もいると思う。

海そのものというより、貝やシーグラス拾いとかビーチバレーとかの海だからできること、つまりはオタクにしか通じない文化や不文律・身内感が好きな人も多いんじゃなかろうか。

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あと、浜辺で待ってるかそもそも街にいる彼ピッピのところに戻ることも容易(偏見)。基本おひとりさまで楽しむ海にて、カップルで浅瀬をエンジョイしてたらそらもう爆発しろと言われてもしゃーない(僻み)。

 

レベル:一般人から見ればオタク

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↑こっからどぼーん。な心意気。私はここよ。

沖の手前あたり、浅くもないけど深くもないところにいる。ある程度深さのあるところにすぐ飛び込める、断崖絶壁とは言わないけど埠頭にいるようなイメージ。

新しいジャンルに手を出すことは、浅瀬のように「足を踏み入れる」ことではなくまさしく「飛び込む」こと。

いきなりそこそこ深さのあるところに飛び込み、しばらく浮上して来ずに同じ海域(ジャンル)で漁を続ける。強いて言えばたぶん素潜りに近い。

 

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なお、獲物もほとんどいない漁場で漁(いわゆるオタ活)をするほどのガッツはないので、まずは浅瀬の盛り上がりを眺めて飛び込むエリアの目星をつける。

基本的に徐々にではなくいきなりドボンと飛び込みハマったのち、狂ったように獲物を漁り出す習性がある。「通称:沼」という名の深さのある海域を知ってしまうと、まずはしばらくROMって自分の手に負える獲物や深さなのかを観察しがち(ただの私の説明)。

でも一度飛び込むと決めれば海女にもなる。とはいえあくまで素潜りなので、息が続かなくなってしばらくしたら上がってくるところまでがデフォルト。海の者にはなりきれない。

 

レベル:オタクガチ勢

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キューバダイビング勢。

きっと生活の拠点は沖合の島、船上とかで暮らしてる人もいる。

ダイビングスーツに酸素ボンベにシュノーケリングマスク、海に長時間潜る準備はバッチリがっつり装備。潜ることに掛けるお金(オタ活資金)は惜しまない。潜った先に獲物やお目当てがいない海域でも、ダイビングすること自体が好きで尊さを感じられる。あ、潜る深さの問題なのでダイバーは漁をしないだろうがというツッコミはこの際ナシでひとつお願いします何卒。

仮想の獲物を追って楽しむ(妄想)ことも、沖合で養殖(二次創作)を始めて自給自足をすることもお手の物。いやだからダイバーはそこまでやらないしするもんじゃない、というツッコミはこの際忘れていただきたい。たぶんもはや海の住人になりたい勢。あくまで全部イメージですが褒めてるつもりです。

 

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水中写真(推しのイラストやら何やら)をガンガンSNSにアップしたいオープン勢と、美しい海(統率と調和のとれた界隈)を守りたいひっそり推奨派がいる。

イベント時のマナーとかはたぶんあれ、きっと「ダイビング時にメイクしてたら海が汚れるでしょうがダメ!!」とか「お魚との出会いを楽しむのはいいけど触ったり捕まえたりして弱らせる、ましてや陸に持ち帰ったり最新設備を持ち込んで環境破壊なんて絶対ダメ!!」みたいなやつ。

時々両者間で仁義なき戦争が勃発するけど、まさしく水面下の戦いなので陸の人間からすれば選挙時の与野党争い並みに関心が払われない(またも偏見)。

ただごく稀に、何も知らず観光に来た船客が覗いてしまって「深い海にはヤバイのが居るから近付くな」と慄いて風評被害が生まれる。

 

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最終的には海という名のオタクの世界に魅了されるあまり人魚とかになる人もいるんじゃないかな、知らんけど。発酵してしまった納豆は大豆に戻れないとはよく言ったものだけれど、人魚も陸の世界には戻れないもんね、そういうことだよねきっと。

でも陸で一般人にも交ざって生きられる擬態のうまいガチ勢は、たぶん変化魔法とか陸への移転魔法を身につけた海の魔女。もしくは深海に棲む潜水艦の艦長。

人によっては自らの身を深海魚へ変貌させ、陸の世界との関わりをふつりと絶つ者も居たり居なかったりするかもしんない。その後彼の者の姿を見たものは誰もいなかった、エンド。そして伝説のリュウグウノツカイへ、ひょっとするといずれは神へ。

 

あ、肝心の作家さんや企業さんの立ち位置は考えてなかった。七つの海どころか八百万の海を統べる神がいるってことでいいか。

神じゃなく海を増やすなって言わないで、少女・少年・青年・レディコミ・ティーンズ・エッセイと本屋の棚でジャンルを考え始めたあたりでよく分からなくなったし七つをすぐ超えそうだと悟ったの。きっと湾とか入江みたいに、海域も作品ごとに無数にあるの。

 

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とまあ、私はこんな感じで陸には戻れずずっと埠頭で海を眺めているし、かといって深海に潜るどころかダイビングに手を出す勇気もない。

素潜り専門な、こんな私にもどっかに仲間がいないだろうか。もしいたら、海にボトルメールを流すかのごとくネットの海からメッセージを貰えたらうれしい。

 

自分程度が好きなものに手を出してはいけないという使命感から、二次創作を含め創作はしないしできないのだ。海は私の手には負えないんだよ、一流の船乗りやダイバーにはなれないの。

そして捨てられないほど買い込むのが分かっているから、ダイビングスーツのごときグッズは買えないし買わない。でもオタクを嫌う層に迎合して完全な内陸部に住んだり、シティーガール装うこともしんどい。

それでも、私はやっぱり海が好きだ。オタクの大海は楽しいぞ。と、キレイな海の画像をふんだんに無駄遣いした秋の夜長だった。

「ふつう」の分類学〜学歴不問、あなたも分類学者〜

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最近、SNSリアルアカウントで、書くだけ書いてそっと下書きに入れた呟きを供養。

なんかねー 自分たまたま女の身体で生まれてくることができたから苦しまなかっただけのオネエさんなんじゃないかって思う、最近。性的指向は置いといて。メンタルの不安定さは女性っぽいけどそれはホルモンバランスとかの身体的影響として、思考回路は男性の方が近しい気がする

 

例えば、私は昔から「人の気持ちを考えろ」と言われるのが嫌いだった。分からないからじゃない。現代文で作者の気持ちを読み取るのは得意だ。親しい人の気持ちなら考えて推定するのは大得意だ。

考えて分かった上で、分かるなら共感し忖度すべきで『普通』はそうするという風潮が嫌いだった。思考が読めたからと「かわいそう」だの「泣いた」だの、感情論を押し付けるだけで理屈の通らない、賛同できない思想に合わせる必要など感じなかった。(そもそも人に共感と忖度を求めるくせに、自分は同じことをしない時点で「共感」できるわけないよねしてないじゃんと)

そういうところが女らしくないと、女のくせに理屈っぽくて可愛くないと何度言われたか知らない。

べつに可愛がられたくて喋っているわけではないし、何より「理屈っぽくない女は素直で可愛い」だのと思っている奴には特に可愛いなんて思われたくはないから全く構わなかったけれど。

 

一方で決して自慢ではないけど、そういうところが格好いいと同性には褒めてもらえたし、女っぽくなくて付き合い易くて良いと評価をしてくれる異性も多くいた。でもそれすら何となく嫌だった。

何というか、息をするように当たり前に最善手をいつも選べているように見えるヒーローやヒロインのような。そんな評価が気持ち悪かった。

そういった態度を隠して澄ますこともまた「当たり前のことをしているだけです」と言わんばかりのようで気持ち悪くて隠さずにいたら、周りには「お前は自信がない、もっと自信を持て、自己評価が低い」と言われるようになった。

 

私が自己評価低い(っぽい)と言われる理由について、思い当たる節はいろいろある。

もちろん、先に述べたように思考回路がテンプレ女性的でないというのも大きい。

大きいけれど、最近思い当たったさらに大きい理由は別で、そこから派生して将来にまで関わってくる。

それは、結婚願望も子どもを産み育てたい願望も昔から持てたことがなくて。その結果、思春期辺りからずっとある「いつもどこか他人事で、周りが当たり前のように『ふつう』に選んで果たしていく結婚や子育てを果たせないんだろうな」というコンプレックスだと思う。

 

例えば、ある人が想い人に告白した。誰かの恋が実った。どこかの二人が共に生きていくことを決めた。

そのことを頭では「凄いことだな、素晴らしいな」と思うのに、感情はどこか冷めていて「いいなあ、憧れる、羨ましい、いつか自分も」と思えたことがない。

ただひたすらに心の込められない「おめでとう」の言葉と拍手を贈ることしかできなくて、人や経緯によっては茶番だなとすら思ってしまうこともある。

悲しいことに、例えどんなに人として大好きで尊敬できる人同士のカップルであっても、私は「お似合いだなぁ、素敵だなぁ」と思うばかりだ。全くもって心は動かされなくて自分事にできない。

むしろさらに「綺麗な世界すぎて自分にとっては遠くの世界のことだ」という思いが強まりすらする。少なくとも、いつか自分も『普通』に通るであろう道だとは思えたことがなかった。

 

別に他人に恋愛感情を持てないとかでも、性的マイノリティとかでもない。こんな立場になんの名前もなくて、私はただマジョリティになれないだけ。

客観的に見て、その気になれば世間で『普通』と言われる以上の「『普通』の幸せ」を手に入れられる立場ではあるんだと思う。それも知っている。

だからある意味、私のような立場はどちらからも一番理解してもらえない気がするのだ。たぶんどちらから見てもきっとただのワガママだから。自分でも一応、理解はしている。

でも私が『普通』なのは当たり前で、『普通』なら何も言われなくなって放っておいてもらえるから、免罪符がほしくて足掻いて、その結果としてここにいるのだ。普通以下でも出過ぎても叩かれるか虐げられる可能性があるから、トップや勝ち組じゃなく、あくまで『普通』を目指してきた結果だ。

なのにここまできて、この先の『普通』らしいことが選べない。そうして、だから、こう言われる。

 

曰く。

ねえどうして、見た目も身長も性格もスポーツも学歴も勤め先も平均以上のくせして、どうせ自分はなんて卑下してやる気出さずに腐ってるの。普通以下の私たちをバカにしてるの、ずるいよ。

また別の人曰く。

ねえなんで、あなたは身も心も同じ性別で、普通に異性に恋愛感情も抱けて性的行為もできるくせに、してきたくせに、結婚できないなんて言い張るの。ふつうなのに、なんでそんなに捻くれてるの。どれかひとつでも欠けただけでこんなに苦しんでるのに、なんで全部持ってるあなたが苦しそうなの。

さすがに少し脚色したけれど、だいたい似たようなことを言われたことがある(いわゆる空リプ的な言われ方も多々あるけれど)。

 

『普通』らしいのに、ふつうのことがふつうにできない。興味を持てないし好きになれない。それは苦しんじゃダメなんだろうか。ただの贅沢な悩み、ワガママなんだろうか。ーそうなんだろうな。

あーあ。こんなことで悩みたくないから結婚してしまえたらいいのに。人を利用できるほど割り切れない。

例えば「とりあえず実家を黙らせたい」とか「同居人がほしい」とか「誰かと一緒にごはんを食べたい」とか、目的はそれだけという人と利害一致の契約結婚ができればいいのに。

「帰ったらご飯を用意して待っていてくれる奥さんがほしい」だの「幸せな家庭を築きたい」はごめんなさい、だけど。そんなんじゃなくて良いと言う、自分の片割れみたいな人を見つけて一緒にいられたらいいのに。

もしかして、そんな片割れを奇跡的に見つけた人だけが結婚してるのかな。

 

とにかく。

それこそ驚くくらい『普通』に、なぜかほとんどの人が『普通』の人と『普通じゃない人』を分類できる。

もちろんその基準は居場所によって変わる。玉石混交の環境では特別なエリートだった人間も、玉しかいない選ばれた環境に行けば『普通』かそれ以下になる。流行みたいに時代によっても変わるだろう。

それでも、必ずどんな環境生態下でもまず『普通』を分類するボーダーラインが決められて、ボーダーに沿ってそれぞれの環境がつくられていく。こっち側は普通、それは普通じゃない、あれは普通じゃないけど特別カッコいい上位種。あれはイケてる、あれはイケてない、のジャッジを瞬時に冷徹に行える。

これって結構特殊能力に近いのではと思うのだけど、それすら『普通』だとされるのがこの世界だ。それならいっそ私にも。その能力で、分類名をくれたらいいのになと思う。

「女子」を断捨離しています

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数ヶ月前に25歳になった。

四捨五入したら「アラサー」と呼ばれる歳で、転職して職歴が一度リセットされた私は忘れていたけど社会人歴も3年目になり、結婚する友人も増えてきた。

 

私はというと、その25歳の誕生日に彼氏と別れた。ことにした。

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理解より共感より、私たちに名前をください。

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帯に短し襷に長し、じゃないけれど。

マイノリティを名乗れるほど多数派ではないし、マジョリティぶるにはよくある話すぎる。こと恋愛とか結婚だとかの話において、だ。

 

わたしは性的マイノリティではないけれど、たぶん性役割においてはマイノリティだ。というか、何にも分類されたくない。

子どもだと言ってしまえばそれまでだけど、誰かの妻になれる気がしない。というかむしろ積極的に、なりたくないとさえ思う。親になんてなれるとも思わない。こんなわたしに育てられるくらいなら初めから生命として宿らない方が幸せだとすら思う。

そんな人間が結婚適齢期の男性と付き合うのも申し訳ないので、恋愛からも距離を置きたくなっている。

でもだからと言って、男性に混ざってバリバリ働きたいわけでもない。男性のようになりたいとも、なれるとも思っていない。どう足掻いたってまだ男女の社会進出に差がある現状で、同じようになれるとまで夢見られるほど幸せな思考回路にはできていない。

 

女性であることに抵抗を覚えたことは、ない。

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私だって、結婚したい、って思いたい。

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思えない自分を受け入れきれない。普通に普通を装えない自分に吐き気がする。

「結婚なんてしたくない」なんて、『少数派な自分はちょっと周りとは違うんだ』みたいな思春期の中高生が一過性のものとして吐いてそうなセリフだ。惚れた腫れただの彼氏彼女がどうだの、はあ、さほど興味ないっす、みたいなキャラの。

それなのにアラサーと呼ばれる歳になっても、心の底から同じ言葉を口にできるし、より正確に言えばするしかない自分が嫌でしんどい。

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