午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

私だって、結婚したい、って思いたい。

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思えない自分を受け入れきれない。普通に普通を装えない自分に吐き気がする。

「結婚なんてしたくない」なんて、『少数派な自分はちょっと周りとは違うんだ』みたいな思春期の中高生が一過性のものとして吐いてそうなセリフだ。惚れた腫れただの彼氏彼女がどうだの、はあ、さほど興味ないっす、みたいなキャラの。

それなのにアラサーと呼ばれる歳になっても、心の底から同じ言葉を口にできるし、より正確に言えばするしかない自分が嫌でしんどい。

 

学生の間はそれでも良かった。若さに付随するかわいさってやつが、ちょっと中二(または高二か大二)病の気があるところもキャラクターとして成立させてくれた。

だけどもうこの年齢でそんなこと言っていても可愛くなんかない。可愛がられたいわけじゃないけど、要はもはや全く微笑ましくはない。

自虐でもなんでもなく、客観的に見て20代半ばに差し掛かって結婚したくないなんて言っている女に下される判断なんて大体分かっている。良くて「バリキャリ志向の子なんだな」、次いで「ちょっとメンヘラかサブカル入ってる子かな?」、悪ければ「負け犬の遠吠え乙」だろう。例え理由がなんであっても。

 

分かっていたから、期待していた。自分の気が変わることを。普通に結婚っていいな、と思えることを。そうして楽に生きられるようになることを。

20代前半、恋人がいればそんな気にもなってくるんじゃないかと思っていた。「この人と家庭を築きたい」、「この人との家族を作りたい」といつか思えるんじゃないかと思いたかった。

せめて人と一緒に暮らせるビジョンが欲しくて、恋人と朝を迎えることへのときめきより、朝起きてとなりに他人がいることを受け入れられる自分への安堵を確かめてばかりだった。

20代後半、いわゆる適齢期に差し掛かって、周りがそんな話をし出したら自分もその気になるんじゃないかなと思っていた。だけどそんな気配はなかったし、これからもほぼなさそうだ。

 

恋人をもつことも、正直もういいかなと思ってしまっている。この人が好きだという気持ちと結婚して共に家庭を持ちたいという気持ちは、私の中では必ずしも連動しないか別物だったらしい。

結婚を望まないどころか「積極的に避けたい」、こんな私に付き合わせたって正直未来はないし、望む幸せな家庭も一緒に築けない。

学生時代、ある人の夢をいつか教えてもらったのを今も覚えている。有給休暇の取りやすい企業に入って、いつか子どもの学校行事に大手を振って参加してやるのだと。運動会なんかでは一緒に走ったり、全力でビデオを撮ったりしたいのだと。

それを実行する彼のことは容易に想像できたし、見てみたいなと微笑ましく思った。けれど同時に、自分がそこに母として参加しているイメージがつかなさすぎて絶望したのだ。それなら私は手を離した方がいいのではと思ったし、もうそのつもりになりかけている。

 

ちなみに私が結婚したくない理由は昔からずっと同じだ。端的に言えば、死ぬほど自分に自信がない。

女として、妻として、親としての自分を考えた時の自信なんて、ないどころか自己評価は最低クラスだ。私が異性なら私のことは絶対に選ばない(逆に「こういう人なら選ぶ」という基準もないのだけど)。

自分のことだけで必死な私では、家族になる人のことも新しい家族のことも幸せになんてできない。それなら一緒にならず、私の子どもとして生まれない方がきっと幸せだと本気で思う。

あとは、嫌われたくない。正確に言えば、私個人が私個人のことを理由に嫌われるのはいいのだ。

けれど、結婚という家庭同士の話になった時に、個人ではなく家庭の問題を理由に嫌われたら立ち直れない。だけどその可能性がある自覚は十分にある。他でもない自分が、実家とできるだけ距離を置きたがっているのが何よりの証拠だ。

 

そんな何もかもを振り切って、「いざ結婚してみたら考えも変わるかも」とは思えない。そんな結婚に人を付き合わせたくはない。

かと言って、ワガママだとは分かっているけど、そんな風に踏み台にしても罪悪感を覚えずに済むような相手とはさすがに結婚したくない。

仮に結婚してみたら意外と落ち着いたとしても、今度は子どもはまだか、跡継ぎ問題は、子どもの進路や学校は、と望まれることにはキリがないと思うとまた吐き気と目眩がする。

某アーティストの曲にそんな歌詞があったけれど、そんな「理想」をそれが「普通」だからと置き換えて、どこまでも追い求めなければいけない風潮がきつい。

 

どうして普通のことができないの、だとか。どうして自分から幸せになろうとしないの、だとか。理想を追い求める前から諦めるなんて、だとか。

そんな「誰しもが誰もが羨む成功と幸せを願っているし、誰しもがそれを目指すべきだ」というプレッシャーはどこから来るんだろう。それこそ「普通」という名の「理想」を願う人々の希望の重圧だろうか。

誰よりも自分のことを知っているのは自分なのだから、その自分が「自分のレベルとキャパシティ的に、目指せる幸せな生活はこんなものだろう」と見積もることがどうして悪いんだろう。

 

そう思うけれど。それがきついんだよやめてよって、理想なんて求めなくても幸せなんだよって、声を上げる方がキツくて重い世の中だから。

四半世紀叶わなかったから、きっとこれからも叶いそうにないけど。ああいっそ、私も普通に何も疑問に思うことなく「結婚したいな」と思えたらラクなのにな、と願ってしまうのだ。

進学や就職と違って、相手が必要なことばっかりは自分をごまかして適当に長いものに巻かれるわけにはいかない。少なくとも私にはできないから、この夏もへらへらしながら「結婚しないんじゃなくてできないんだよ」と旧友たちに笑うんだろう、と思う。

「思い出になんてすると、星になって輝くから」

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君の願いが どうか 粉々に砕けますように

きれいな思い出になんてすると 空にのぼって いつまでも星みたいに輝くから

ハチミツとクローバー / 野宮匠

 

私の好きな漫画の、大好きで大嫌いな台詞だ。

初めて読んだ中学生だった頃には、思い出が輝いちゃダメな意味が分からなかった。

願いが砕ければいいなんて言い回しが「ひどい」としか思えなかった。

 

だけど、あれから10年経った最近。やっとこの発言の意味が分かってきた。

私にも「これからも、いつまでも自分の中で輝いてしまうんだろうな」という思い出ができてしまった。すごく大切で、眩しくて愛しくて、思い返すと胸がきゅんとしてどうしようもない思い出だ。

私にとってそれは、中学生から大学時代まで続けた部活の記憶だ。

 

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そういえば私、もう女子高生じゃないんだった

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久しぶりに、自分が高校生をしている夢を見た。

現役高校生だった頃から、大学時代もそして今になっても、制服を着た自分がどこかの教室にいるのは定期的に見る夢ではある。

私にとって目覚めた後にも「ああ訳も分からないけどなんだか楽しかったなぁ」と思える夢は、今も大体がこの自分が高校生をしている夢だ。

気分的に楽しいのは確かだけど、あまりに他の夢では気分が弾まないので「私ってまだ制服の幻想に囚われてんのかなぁ」とちょっと悲しくもなる夢でもある。

 

おかしいのは、リアルとフィクションが中途半端にミックスされた映像と体験ができることだ。

中学校時代の校舎を高校の同級生たちと駆け回っていたり、もはや母校ですらなく模試で行ったどこかの私立高校の教室に、中学校の友人と高校の同級生と後輩とがごちゃ混ぜで座っていたり。

外観は私の知っている学校なのだけど、内装はどこかのドラマで見た映像だったりもはや迷宮だったり病院が混じっていたりする。

あとはだいたい行き止まりがなくて、外に出ない限り水平方向には無限に広がる亜空間になっている。でも別にホラー感はない。

まあ夢なんて自分が脳内で作り出すものなので、知っているものが混じるのは当たり前のことなのだけど、中途半端なリアルさがアンバランスでおかしい。

 

 

なんてくすりと笑ってしまって現実に戻る。本当に、冷静に考えれば「女の子が高校生になる」だけで突然に価値が高騰するなんておかしいと思っていたのにな。なんでこんなに囚われているのか。

女子大生になったら、ただ制服を脱ぐだけでその価値は暴落するとでも言うのかと思っていたのに。

それらは半分正解で、半分不正解だった。

女子高生が女子大生になったからといって、価値は暴落するわけではない。

ただ、10台後半に差し掛かって女性として魅力ある存在になりつつあるけれど、条例とか家庭とか色んなものに守られていてなかなか誰も手を出せないギリギリの「天然記念物のような存在」だから尊重される。のだろうな、と思う。

大学進学率が高まっているとはいえ、人数的には女子大生の方が少ないはずなのに女子高生の方が希少価値が高い扱いなのはそういうことだろう。

 

こうして世間の需要を冷静に考えたりしてみるけれど、個人的には単純に女の子という存在の華やかさと「高校生が一番青春っぽい」という刷り込みがあるからだろうな、と思う。

中学生よりは行動力も判断力もあるし、学区の縛りもなくなり校則の縛りも緩くなる(ことが多い)。見た目も大人になる。それでいてまだ、大多数の人は家庭に守られている。

大学生と違って専門分野どころか文理もまだ定まっていなくて、一応は何にでもなれる可能性が残されている。

あとは部活の存在だろうか。大学に入るとなかなかリズム感のある生活が難しくなって続けられる人が少なくなるから、いわゆるガチで部活をするのは高校が最後ということも多くて、部活に青春を賭けている人も多い。

 

そんな高校生、特に「女子高生」という存在。

自分だっていつか通る道だし、卒業してしまえば憧れもすっぱり消えるんだろうと思っていた。

思っていたのに、大学に入って以降は、眩しさというまた別の視点から憧れに似た気持ちを持て余すようになってしまった。

おかしいな、私だって少し前まであの子たちと同じ立場だったはずなのに、どうしてあの子たちはあんなにキラキラして可愛い生き物に見えるんだろう。

戻りたい。あの数年以内には確実に終わる脆い世界で、それでもその世界が全てだって信じ切って夢見ていられたキラキラした目を取り戻したい。

まだ3年くらいしか経ってないし。その気になれば戻れたりしないかな、いいなー戻りたいな。

 

そんな風に考えながら、いつの間にか卒業してから7年目がやって来ていた。

私はどんどん制服が似合わなくなっていくし、制服を着ている子たちはどんどん幼く見えてくる。

数年前までは大学生と似たり寄ったりに見えていたのに明らかに違うし、何なら中学生と見分けがつかなくなってきた。

そんなことを考えながら、帰宅途中の学生でごった返す夕方の街を歩く。

あぁあの制服可愛いなぁ、あんなオシャレな制服地元にはなかったもんな。セーラー服もやっぱり一回着てみたかったな、制服で学校決めてみたかったな。なんて懲りずに考えながら眺めた、前を歩いていく女子高生のスカートが、夏の夕焼けに透けて揺れてはっとする。

 

そうだった、夏服のスカートって透けるんだよね。

日に当たると透ける、そんな通気性のいい生地だったね。夏服と冬服でスカートも素材が違うなんてこともすっかり忘れていた。

今の私はもう、可愛い制服の着こなしがきっとできない。スカートのウエストからうまくシャツを弛ませられないし、靴下をうまくクシュっとさせるとかもできない。そもそも流行りの靴下丈も違った。

現役の「女子高生」たちが当たり前に知っていてこなしていることを、忘れたり知らなくなっている私は、もうどう考えても女子高生には戻れない。例えフリでだって絶対に戻れない。

 

卒業した時点でそんなことは分かり切っていた当たり前のことだ。当たり前なんだけど、それでも「気持ちはいつまでも17歳」とかぬかしていたからまだいけるような気がしていた。

そうだ、違うな、私はもう女子高生じゃないんだった。

家に帰っても誰も待っていなくて、生活用品も朝の準備も食事も何もかも自分で用意して生きていかないといけない大人になっちゃったんだった。

私のスカートはもう夏の日差しには透けない。風が吹いても揺れない。そもそも毎日パンツスタイルで通勤するし、駅をダッシュできるローファーやスニーカーも履いていない。

でももうこの無難なOLファッションが今の私の最適解で、今の私の最高武装だ。鳴らす足音はもう彼女たちと丸きり違うけど、これで明日からも歩いていく。

確かに残るどころか居座って消えないサウダージ。

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他言語では翻訳できない言葉、というやつが好きだ。他の言語や文化圏では、該当する概念・言葉が存在していない異国の言葉。日本語だと「木漏れ日」なんかがそうらしい。

それに出会うことは、日本語でもたまにある「身に覚えのある感情だけど、言語化ができてなかった!」「こんな回路で感じてたんだ、あの感情」とすとんと腑に落ちる瞬間に似ている。

 

ここ最近しっくり来ているのが「サウダージ」。元はポルトガルの言葉だそう。

サウダージ - Wikipedia

どうしても某アーティストの名失恋ソングのイメージが出てきがちだけど、実際は全然失恋に限って使うような言葉ではなく。

温かい家庭や両親に守られ、無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、大人に成長した事でもう得られない懐かしい感情を意味する言葉と言われる。だが、それ以外にも、追い求めても叶わぬもの、いわゆる『憧れ』といったニュアンスも含んでおり、簡単に説明することはできない。

 

故郷を出てから、5年以上10年未満。あの頃の自分からしたらバカみたいに長いけれど、今の私にはあっという間だったような時間。

たぶん私はずっと、この想いに囚われ続けている。

 

人(というか身内)に言わせれば「過去の栄光に縋っている」ように見えるらしいけど、私にとってはそうじゃない。

確かに自分の中で光り続けているものではあるけど、それは眩い光というよりは、葉の隙間からこぼれる光や蓄光した石がやわらかく光るような、淡くて優しい光だ。

もう一度「自分が輝きたい」んじゃなくて、もう一度あの優しい光の中で「永遠に無邪気に楽しく過ごしていられるんじゃないか」と思い込めていた時代に戻りたい。

この時間は絶対にいつか終わると分かっているけれど、自分の青春はまだまだ長いと矛盾したことを思っていられたあの感情が懐かしい。

 

ずっとずっと、10年前のさらに10年前くらいから、早く高校生になりたかった。

自分の知る漫画や小説の主人公は大抵高校生で、だから人生のピークは高校生なんだと思い込んでそう設定してしまっていた。

人生のピークで何不自由ない高校生活を送るために、校則がゆるくてその制服を着ていればそれなりに胸を張って歩ける学校に入ることを最大目標にした。

 

その先は、きっと何者にもなれないのが分かっていたから正直どうでもよかった。

地方ですら裕福な家と一般市民で学校の公私の棲み分けが始まる中学に上がった時点で、その他大勢側だったわたしは、いつか社会の歯車だとかモブCだとか、有象無象になるのはもう分かっていた。

だけどそうなる前に、狭い学校の世界の中だけでも、学園物小説の一章分くらいだけでもいいから主人公になりたかった。主役やキーマンにはなれないけど、30ページくらいなら語り部になれるくらいの立ち位置。

その3年間がたぶんわたしが追い求めてすぐには叶わなかったもので、叶ってからも幸せすぎたから追い求めてしまう幻で憧れだ。

そしてあの頃の気持ちや感覚をどんなに焦がれて憧れても、少しずつ忘れて失くしていって、だからさらに懐かしく思うこの気持ちも異国では名前があるんだろう。

未練なんて重たくて可愛げのない名前ではなくて。

 

わたしにとっての「サウダージ」は、ビー玉に閉じ込めてしまって、キラキラ透かして見ることしかできない綺麗すぎて切ないくらいの思い出だ。

すぐそこに見えているから取り出して触れたいけど、そうしたらビー玉ごと割ってしまってもう取り戻せない。

今でもどうしようもなく愛しいのに、もう二度と触れない。それは死んでしまった大好きな人に少し似ていて、だけどこっちは死ぬほどよく似た別人になってしまった人たちが生き続けているから、逆に割り切れなくてタチが悪い。

あなたも覚えていますかなんて、聞いてみたくなる。戻れなくても共有したくて話し込んで、ふと現実に戻った時に郷愁としか言えない感情に襲われる。まだそんなオプションがつくほど過去にしたくないのに。

 

割り切るのが下手くそすぎる自覚はある。郷愁に囚われすぎているんだとは思っている。でもどうしても捨てたくない。これを捨てたら、わたしは本当の抜け殻になってしまう。

これしか持っていないんじゃなくて、それがわたしの核だから。変わりたくないけど、変えたくないけど、時間がそんなことお構いなしにわたしや周囲の形を変えていくのに抗えない。

たぶんこの気持ちにはもう出会えないから、いつか来る「その日までサヨナラ」と潔く手放してもあげられない。だから、許してね。

あの頃夢みてた場所に半分だけ辿り着いてみた話。

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生まれた街で暮らしていた高校生までの頃、わたしには可愛すぎて可哀想になりそうなちっぽけな夢があった。

ベタな田舎者の憧れすぎて恥ずかしいそれは「駅と無印良品とスタバが徒歩圏内にある場所に住む」。

なぜってその頃のわたしにとって、都会の象徴は無印良品スターバックスだったのだ。置いてあるもの全て、飾り気なくシンプルだけど洗練された雰囲気が都会的だと思っていた。

近くでコーヒーを飲むところなんてコメダ珈琲店くらいだった(好きだけど)。綿矢りさの「蹴りたい背中」で、主人公が無印良品の店内でコーンフレークを試食しまくるシーンが印象的で、なぜかとてもクールだと思っていたのも覚えている。

 

当時わたしの住んでいたところはいかにも田舎というほどではなく、駅までは徒歩30分以上1時間以内くらい。

遊ぶところも買い物に行くところもイオンが定番。コンビニはそこそこある。ファミリーマートにちょっとだけ置いてある無印コーナーが唯一の無印良品との接点。そんなよくある地方都市だった。

ちなみに当時の最寄りの無印良品スターバックスは、確かそれぞれ電車で片道45分と1時間半(それぞれ一応県内)だったと思う。

さらにちなみに言うと、無印良品はさらに近くにはできなかったけど、スターバックスはわたしが高校を卒業する頃になって市内のイオンに入った。

 

高校を卒業したわたしは、都会の私立大学を蹴って地方の大学に進んだ。自分のちっぽけな夢を思うと前者を選びたかったけれど、まあ家庭の事情というやつと、単に都会の国公立には頭が足りなかったという問題だ。

進学先はいわゆる駅弁大学があるのだから中核都市のはずなのに、地元と変わり映えしないか下手をすると地元より田舎なところだった。けれど、徒歩30分圏内に一応小さな無印良品の店舗と、スターバックスが2軒あった。そのうち1軒は駅に併設だ。

わたしの地元では駅前には文化ホールみたいなものしかなかったけれど、一応そこには駅ビルというものが存在していた。それだけでなんとか「憧れのキャンパスライフ」の「あ」の字くらいを保っていた。

 

それでも薄々気付いてはいた。確かにわたしは「無印良品スターバックスが近くにある場所で暮らしをしたい」とは願ったけれど、それだけではわたしのしたい生活にはならないのだと。

そう例えば、スターバックスだけじゃなくドトールタリーズも近くにあって気分で選べるとか(ベローチェなんて就活で東京に行くようになるまで、恥ずかしながら知りさえしなかった)。

無印に限らず、オシャレな雑貨や家具のお店が見て回ってハシゴできるほどたくさんあって、それこそIKEAなんかが近くにあるとか。

好きなバンドが歌う曲で「地下鉄」が出てきたときに駅のイメージが浮かんて共感できて、路線がどうとか乗り換えがどうとか言えるくらいに電車の交通網が発達してるとか(ICカードを持ったのもやっぱり就活で東京に行くようになってからだった)。

 

たぶんそれがわたしの本当に望む暮らしだと思って、就職先はそんな都市にした。東京には憧れを通り越して恐怖しかなかったから、地下鉄は存在しているいわゆる政令都市のひとつに移り住んだ。

最初の仕事では高い家賃を払えなかったから、月4万円台の郊外の学生向けマンションに住んだ。転職したのと2年更新の時期だったのもあって、この春にやっと都市の中心部、ターミナル駅まで15分程度のところへさらに引っ越した。

今住んでいるところは、駅から自宅までの間にスターバックスが存在している。ひと駅手前で地下鉄を下りれば無印良品ドトールタリーズベローチェも存在している。初めて知るようなカフェチェーンもちらほら進出してくる。

住んでいる部屋はエントランスなし呼び鈴なしチェーンのみの安アパートじゃなく、新築オートロックエントランスでエレベーター付きのダブルロックだ。

 

仕事を辞めたいとぼやく同僚に「今仕事を頑張れるモチベーションって何?」と聞かれたとき、浮かんだのはこのマンションだった。そのくらいには、たぶんここにいることに執着している。

進学先を選べなかったあの頃と違って、自分で住む場所を選んだ。

夢に見ていたどころか、田舎の高校生には知識としてなくてイメージもつかず夢にさえ見られなかったような、立地よく立派なマンションに住む暮らし。

正直親の金でそれができる都会の私大生を妬んだりもしながら、6年遅くなったけどやっと、やっと手に入れた。夢に見ていた場所に、今わたしは住んでいる。

 

だけど、正直に言ってそれだけだったのだ。当たり前だけど、住む場所を変えただけで幸せで楽しい毎日を送れるなんてわけはなかった。

そもそも考えてみたらここでやりたいことなんてなかったのだ。学生の頃は「近場でオシャレなカフェを探索したり、街中の緑あふれる公園を散歩したりランニングしたりしてみたい」なんて考えていたけど、今となっては何のことやら。

たぶんわたしが本当の本当になりたかったのは、それが「いつでも当たり前にできてありがたがることさえしない暮らしをできる人」だ。

だけどそれは、今のわたしではできない。今のわたしどころか、たぶん一生わたしにはできない。

 

気付いてしまったのだ。もう取り戻せないって。

居場所だけは居たかった場所にやって来られたけど、そこにいるわたしがなりたかった大人になりきれていない。見た目的にも精神的にも。

そもそも、わたしがなりたかった大人は「学生時代にそれなりに都会を渡り歩いてきて、ある程度どこに何があるかを分かっている人」だ。いろんなお店を知っていて、自分に似合うもの、好むものを知っている。

その経験を学生時代にできないまま、年齢だけ大人になってしまった。さも「分かってますよ慣れてますよ」といった顔でカフェやファストファッションのお店に堂々と入っていく学生が眩しくて仕方なくてしんどい。

死ぬほど自意識過剰なだけだと分かってはいるけど、わたしがわたしを許せない。都会にいてこの歳になっても、怖くて何もできない自分が。澄まし顔でオシャレなお店になんて入ったところで歳だけとった田舎者だと見透かされそうで、いつまでも入っていけないことが。

 

都会なんて地方出身者の集まりだということも分かっている。知っている。

けれどやっぱり「ここが地元だ」と言う人、「大学がこちらでそのまま就職した」と言う人もとても多い。誰も何も言わないけれど、ただわたしが勝手に引け目を感じて勝手に落ち込む。

制服を見にまといながら、平日の空きコマに昼間から、スタバやファッションビルやデパートを歩けていた人たちとは経験値が違うと。

今からカフェや服屋に行きまくってそうなりたいわけじゃない。背伸びしてまでそうなりたいわけじゃないのだ。ただ自然と、若い頃からそこにいて、環境的にそうなってしまいたかった。

むしろもうそんなことを「あの頃は若かったね」と笑いたくすらなっている。そんな機会と思い出が今までの時点でほしかったし、だからもう取り戻せない。

 

例えば憧れの人の母校に進んでみたり、住んだ街に住んだところでその人にはなれない。生まれ育ってみたかったと思っていた場所に大人になって住んでも何も意味は成さなかった。

極論を言えば、狭い地方都市で眉目秀麗文武両道と褒めそやされていかにもリア充といった生活をしていた人より、大都会の隅っこで目立たず何の特技もなく大して友達もいないけど、当たり前にスタバやタワレコに行けていた人の方になりたかったとさえ思う。

中高生の頃のわたしがあの地元で足りて笑えていたのは、憧れてもムダだと、遠すぎてどうにもならないと諦めていたからだったと今更気付いたし思い出した。

 

こんな感情をたった7文字で表せる「コンプレックス」という言葉は便利だなとつくづく思う。

あの田舎町で、それでもわたしが一番好きだった季節がやって来る。この街でそれを過ごしていたらどうなっていたかなと思い描きたくなるけど、ほとんど思い描けないし「そもそもそれってわたしか?」と思うくらいにはわたしは生粋の田舎者みたいだ。

ほんとうに、本当にバカみたいだと思うけれど。死んだら延々とパラレルワールドを巡れる世界に行けたらいいと思う。そうやって、東京で生まれ育っていた自分バージョンの人生を送って、また死んだら大阪名古屋福岡あたりの各都市バージョンをコンティニューしたい。

宗教や宗派が違えば好きだった人たちに死後会えないとかバカじゃないかと思うし、なおさらそれが天国だったらいいなと思う。ああ、話が脱線したにもほどがあるな。

行ってみたかった場所がたくさんあったはずの都会にいるけれど、もう休みの日は寝たい以外の感情が湧かない社会人になってしまったわたしは、そんなことを考えながら今日も夜更かしをする。

好きな人たちの思想までも愛したい人生だった

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今暮らしている街から地元まで、約100km足らず。電車で片道1時間半ちょっと。遠すぎず、近すぎず、まあちょうどいい距離だと思う。

 

問題は、私は実家と相性が良くないのに、実家に帰らなければ友人に会えないことだ。

私の交友関係にも問題はあって、元々深く狭く派な上に、地元も大学も今暮らしている場所からほど遠いので近くに友達と呼べる人が全然いない。

だから、友達と遊ぶとなると実家まで遥々帰ることになる(ときどき、今いる街の近くに実家がある大学のサークル仲間たちと会うこともある。ただほとんど異性なので、話が合わない部分がどうしたってある)。

 

とはいえ私は普段から人と会うと元気が出て充電できるどころか、消耗して疲れるタイプの生き物だ。近くにすぐ会える友達がいないのは、個人的にはそれほど問題でもない。本当に会いたい人にだけたまに会えればいいから、友人の居場所が遠いのは別にいい。

本当の問題はそこじゃない。こんなことを言うのも、反抗期が抜けきらない中学生みたいで本当に嫌なのだけれど。私にとって実家は最大の鬼門だ。

 

だって、この人たちは「私を理解する」気なんてない。初めから「自分たちを分からせる、考えを正してやる」気しかないのだ。

ごちゃごちゃと書いたけど、要は私の親族というのは「特定の政党や政治的思想・新興宗教・時代錯誤な人種思想志向への差別」いずれか、あるいは複数の要素を持ち極端に傾倒している集団だと思ってもらえればいい。

 

親族たちの思想を「否定はしないけど私は同調できない」と言い続けているだけなのに、それを許されない。

それがなければ文句なく好きなのに。これさえなければ、たぶん私だって地元も実家も親族も、温かい大好きな場所だと思えたのに。

この人たちだって、居なくなったら間違いなく寂しくて帰ったらそこに居てほしいと思う。思うけど、いざ話すと思い出したように、でも必ず思想の話を始める。

ねえ、遠く離れて暮らしてたまに顔を見せた身内や親族に、思い出したように聞くことも話すこともそれしかないの?と悲しくすらなる。

 

もちろん、自分の対人コミュニケーションの下手くそさは自覚している。そんな私を気にかけてくれる家族や親族は、確かに優しくあたたかい人間ではあるとは思う。

だけどたった一つの重大な思想の違いで噛み合えない。噛み合わないのが分かっているから距離を置いて接しようとしているのに「分からないなら分かるまで話せばいいよ!」と食い下がられるのがキツい。あくまで、自分たちも歩み寄るのでなく「自分たちを理解させる」という方向性のみで。

もちろん地元が皆そうなわけじゃないし、親族だって男側は違う(放任なだけで守ってはくれない)。だけど私が最もよく接する親族女性は皆この調子なので「ずっとここに居たら間違いなく引きずり込まれる」と、中学校に上がる前には地元で暮らす未来を切り捨てた。

 

それすら許されず、逃げることもできない人も世間には多くいると分かっている。だから私は、何者でもなく好きにして居られる空間を手に入れた私は、まだ幸せなのだとも理解している。

だけどそれでも、当たり前のように「地元で暮らす」とか「いずれは地元に戻ってくる」という選択肢を持てなかったことは悲しいと思う。

 

親族たちは、例の思想を持っていても当たり前に地元で生まれ育っているから、自分たちの歪みに気付いてなどくれない。私からすれば、若輩者のくせに失礼ながら厚顔無恥もいいところだと思うことさえあるのだけど分かってくれない。

あなた達の親族だと、子孫だというだけで。狭い地元という世界ではいつ後ろ指をさされるか分からない。そんな気持ちはきっと考えたこともない。

 

いつどこから石を投げられるか分からないから、いつでも跳ね返せるように。陰口も正当化させることなく負け惜しみと言えるように。

どんな人にも認められるベクトルで優れた人になろうと、井の中の蛙ではあったけど物心ついた時から勉強にスポーツに必死になってきた私のことなんて分かるはずがない。

それすら自分たちの思想が正しい根拠に使おうとする親族たちを私が理解できないように、親族たちも私のことなど一生理解はしないだろう。

 

こんなことを知られたり巻き込んだりして、軽蔑されるのもフラれるのも嫌だから、私は家庭を持つことも半ば諦めている。少なくとも迷惑を掛けない幸せな結婚なんてできないと、憧れは持たないようにしている。

それなのに、親族が増えれば自動的に支持者にするつもりで「結婚しなさい、産みなさい」と言われると静かな殺意さえ覚える。私はもう、被害者を増やしたくない。

 

この思想を持つ私たちは正しい、だから幸せになれるしあなたも理解するべきだと言うのなら。あなた達の存在から「逃げる」ことでしか幸せになりきれない私の存在はどう説明してくれるのだろう。

知ってるけどね。「それは屁理屈だ」と言われるだけだ。「お前はちょっと勉強ができるからって調子に乗るな、確固たる信念もないくせに」と文字通りのお説教が始まるだけだ。

話せば話すほど「口ばかりで行動しないお前が悪い、まずは行動すれば分かる」しか言わないこの人たちに論理も自分たちの信念もないのだと分かって悲しくなる。参加するメリットさえ説明できない物事を人に勧めるなって言ってるんだけどな。

 

この人たちのために死のうとはそれこそ死んでも思ってやらないけど、生まれ直したいとは少しだけ思う。

どれだけ世間の人に褒められても。すごいねと認めてもらえても。後ろ暗いものと戦う武器としか考えていなかった私は心から笑えなかった。「そんなものに同調しなくても私は幸せだし優れた人物になれる」と証明したいがための、これはただの武装なんだって、言いたくても言えなかった。

あなた達が純粋に憧れて欲しいと願うものを、そんな道具や手段としか考えていなくてごめんなさいと。どこかで懺悔したかった。だけど、私だって被害者だと思うんだけど謝らないといけないの?とも、どこかで思っていて苦しかった。

 

生まれ育った場所を、同じ血を分けた人たちを。ただそれだけを理由に愛したかった。

分かり合えないこともあるけれど、それは皆それぞれ違う人間だから当たり前で、少しずつ学ぶところがあってそれぞれの思想を愛したかった。

個人で培った思想じゃなく、長いものに巻かれて乗っかっているだけの思想なんて私は愛せない。あなた達への親愛の情を捨てきれないことと、あなた達の思想に同調することは全くの別物だ。

 

頭では分かっている。そう言い切れているのに、心のどこかで親族さえも素直に好きだと言えずに思えない自分が冷たいか大人になりきれていないんじゃないかと悲しくて情けなくなる。

こんなバカみたいなことで、初めから悩みすら生まれないように。生まれ故郷はただ温かく幸せな場所であるように。好きな人たちのことを、思想まで当たり前に愛したい人生だった。

申し訳ありませんは魔法の言葉じゃない

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まだ頭が働かない月曜、朝9時前。

「だからさ、さっきから『〜かと』だの『おそらく〜』だとか、なんで断言しないわけ?」

「その言い方ってさ、ウチにも非がある『かもしれない』ってことだよね?あなたの言い方ってそういうことになるよね?」

「御託はいいんで、ミスしましたって認めて謝ってくださいよ」

といったような台詞が耳を流れていくのは認識しているんだけど、どうしたらいいか分からない。つまり何だ?この人は何をしてほしいんだ?なんて言ってほしいんだ?って謝ってほしいのか。

 

思考がそこに辿り着くまでに、恥ずかしながら「ええ」「はい」「申し訳ございません」を口の中でモゴモゴと動かしながら約1分かかった。

学生時代、教師に本気で叱られている時なんかにたまにあった、ふと冷静になって「今なんでこんなに叱られてるんだっけ」と考えてしまうような状態。あれに一瞬囚われていた。目の前に感情的になっている人がいると、なぜか反比例したように冷静になってしまう、あれ。

あーそういえばクレーム対応マニュアルには「とにかく謝罪に徹して、相手の言い分を全面的に聞くこと」「でもとかだってとか口を挟まない」とかあったなぁ、ですがって数回言っちゃったなぁ。

そっか、あれがダメだったのか。理由なんてどうでもよくて、「ただそちらのミスで自分まで上司に怒られたんだけどどうしてくれるの謝れよ」って溜飲を下げたかっただけか。なるほどそんな感じかな。

 

と、私の心情をつらつらと語ってしまったけれど。

要は、金曜日に発注を受けて月曜日に納品されるはずだったものが、営業さんが発注先を前の担当者様と間違えたままだったので注文が通っていなかった。そういったミスだった。

それで、発注を受けて営業に伝えた私にお怒りの電話が来た。アンタちゃんと伝えますって言ったよね?担当も変えましたって言ったよね?と。

はい。伝えました。担当も変更しました。私が処理できる発注書上は。なので、あとは営業しか処理権限のない社内の発注システム上でのミスしかない。とはいえそんな社内事情なぞお客様の知ったことではないので割愛。

よって「とにかく弊社のミスであることは間違いございません、申し訳ございません。ただ具体的な原因が現状憶測でしか申し上げられませんので、確認し営業担当から折り返しご説明と対応をお伝え致します」とフワッと伝えたら冒頭。

 

 

私としては「こちらのミスではあります」と非は認めた上で、自分のしてないことを勝手に全肯定も全否定もできないから「原因が憶測でしか分かりかねますので確認し回答します」と説明したつもり、だった。

勝手に全面降伏かつ断定調でしゃべって、後からやっぱり違うとなってさらなるクレームにしたくないからリスクヘッジをしているつもりだった。曖昧にしているのは「責任の所在」ではなく、断定しかねる「事故の理由」のつもりだった。

だけど「どんな理由でミスが起きたのか」を説明することを律儀だと思っているのは私だけで、理由より何より大事なのは謝罪だったようで。

私の「説明」は、どうやら人によっては「言い訳」にしか聞こえないらしい。時々気付くのに、また忘れてしまっていた。

 

なんで断定調で喋らないと相手の非も仄めかしていることになるのか、まずそこが分からなくて謝る以前に思考が止まっていた。

あと謝るのも大事だとは思うけど、経緯を説明しなければ解決策だって説明できないじゃないかとも思う。エトセトラ、エトセトラ。

こうやって、非を認めるより謝るより先にあれこれ考えてしまうから「素直じゃない」だの「可愛げがない」と言われるのだ。

ああ、そもそもなんでそんなに謝らせたいんだろう。自分は悪くない、被害者だという証拠がほしいのかな。

って「謝罪と共に経緯を説明する」私も、もしかしたら「謝るより言い訳をする」奴だと思われてるのかな。なんでそんなに自己保身に必死で謝らないのかと思われてるのか、それは嫌だな。

 

もちろん、認めろと言うなら私にも当然非はある。「伝えたら後は大丈夫だろう、それでいつも大丈夫だから」と伝言ゲームの行く末を見届けなかったのが悪い。

いつも大丈夫、は100%ではなくて、その数パーセントが今回かもしれないという意識が足りなかった。

ただこの「こういう理由でミスしました、ここに私の非があります、申し訳ございません」論調も「そこ以外は悪くないってことかよ」と曲解されるんだろうなとうっすら諦めさえある。たぶん今回も「私は原因わかんないです、悪いのは営業です」と聞き取られたんだろう。

別に、謝ったら加害者で謝らせたら被害者だとも思っていないから謝るのはいいんだけど。

こんな小娘の「申し訳ございません」に、責任もない人間の「全て私どものミスです」に何の価値があるんだろう。それなら建設的な原因と解決策を聞いた方がいいんじゃないかと思う。

 

なんて考えが頭を過るから、引っかかったような「申し訳ございません」しか言えなくてまた誠意が足りないと不満がられるんだろう。

というわけで、謝れば済むと思っている奴でもなく、申し訳ないと思っていなさそうな奴でもなく、真摯に謝罪している雰囲気を通話越しでも出せる社会人になりたいなと密かに思う。

でも率直なところ、他の作業が全て止まるし感情的になるし、な電話とか極力したくないのでもうメールで何事も完結させたい。そもそも論として、謝罪なんてしなくていいようミスなく生きたい。無理だけど。

 

ちなみに私は、基本的に日本のビジネスパーソンはあまねく社畜気味であり、あまねく不機嫌でとにかく多忙だと思うことにしている。

だから相手方がちょっとギリギリで仕事をしたり、話を聞いてくれていなくても「お互い様だよね!めちゃくちゃ大事じゃないことは忘れるよね!忙しいし!」と広い心で思えるんだけど、世のビジネスパーソンの皆さまはそうでもないみたいで俺ファースト気味だ。

こんな世の中だし、個人的には「申し訳ございません」よりも「お互い様ですよね」が切り札になればいいのにと思う。誰かに謝らされて、腹いせに誰かに謝らせるみたいな、誰も気持ちよくない負の連鎖は断ち切った方が誰もが幸せになれるのに。

 

なんて、やっぱりホントは謝りたくないみたいな文章しか書けなくなってきたのでもうやめよう。

多忙な月末はもうすぐそこだ。というか2月は短いからもう明後日だ。これ以上謝らずに済むようにあと数日間を乗り切る。そうしたらやっと3月が、待ち望んだ春がやって来る。