読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

10月1日に内定のなかった16卒から、今も就活中の17卒に伝えたいこと。

就職活動 真面目な話

夏を過ぎてから見かける人数がぐっと減ったリクルートスーツの学生を、ここ1週間でまた一気に見かけるようになった。それも群れで。

どうしてだろうと思ったけれど、浪人して17卒となっている知人から「内定式」の話題を聞いて思い出した。もうそんな季節だったんだな。

 

f:id:reni025:20161105234848j:plain

16卒が振り返る就職活動

結論から言えば、10月1日時点でのわたしは内定を持っていなかった。

地方の文系とはいえ、一応は国立大の学生だった。それに加えて売り手市場と言われた年。

それでもそんなことは関係なく、就職活動スタートから内定までには半年以上。3年夏のインターンシップ参加を就職活動開始とすれば、1年以上かかった。

正直めちゃくちゃしんどかった。早くに動き出したからこそ余計に。

元々いわゆる人気、華形と言われるような業界に憧れていた。地方だから交通費も人よりかかるし情報も少ない。だから地方のどこか諦め混じりでのんびりした大学で、人より早く動き出した。

 

今ならわかる敗因と反省

スタートの時期は関係なかった。自分よりスタートの遅かった友人が自分より先に就職を決めて行く。就活ってわけがわからないと思った。まだ就活中の人なら、たぶん少なからず同じように思っていると思う。

正直今でもよく分からない。だけど、就活中になんて分からなくて当然だと思う。ほとんどの人が初めてかつ最初で最後の経験だ。

たまに「必勝法を見つけた!」という人もいるけど、あれは大体自分にとっての最適解であって万人共通のルールじゃない。就活生の性格、志望業界や職種、受ける会社が違えば、通って行く確率が上がる方法はあれども必勝法なんてない。

 

今になれば分かることももちろんある。反省として読み流してもらえれば幸いだ。

受けていた企業はいつも、ほぼ書類と一次までは通った。だけど最終面接手前の二次で必ずと言っていいほど落ちた。

たぶん書類では「うちに来る可能性のある人間として、学生としてきちんとしていて社会人としても通用するか」をある程度測られるのだと思う。そして一次では業界の志望理由やしたいことを聞くことで「この業界でやっていけるか」を測られていたのだろう。

 

そこから先になかなか進めなかったわたしは、「それなりの学生だしこの業界向きだとは思うけれど、どうしても弊社に必要な人材とは思えない」といった評価だったのだと思う。

事実「この業界に入れればいい」がわたしにとって最優先で、大手でなくそれなりのところでいいと最大手群は受けてもいなかったし、志望順位は知名度や安定度で決めていた。

第一志望の志望理由さえ、今思えば「その仕事自体は他社でもできる」内容だった。わたしが持っていたビジョンは結局「この業界に入ってしたいこと」であって「この会社でしかできないこと」「この会社でしたいこと」ではなかった。なんて、これも就職してからわかった話だ。

 

ちょうど1年前の話をしよう。

1年前の就活生の面接解禁日は8月1日だった。この日までに内々定を貰っている人もいたけれどわたしにはなかった。とはいえ、第一志望と第二志望になった企業は8月からの選考だったので「ピークを最後に持ってこられた」と思っていた。

どちらも順調に二次で落ちた。今思えば先に書いたことが理由だろう。8月中に持ち駒(これも今思えばおかしな言い方だ)がゼロになった。

このあたりが焦りのピークだった。8月から9月にかけて、卒論も動き出す中で新たな志望先を探すのに必死だった。2日に1回は泣いて、ノートに焦りや不安や愚痴を書き殴っていた。食事も炭水化物を受け付けられず野菜と水分くらいで、鬱状態の一歩手前くらいにはなっていたと思う。

 

10月1日を迎えた。内定式に出る友人たちのつぶやきを見て、突然何かが吹っ切れた。

「新卒大学生の内定率?腐っても国立なはずの当ゼミでは4割だよ?都会の大学生の話でしょ」と空元気が芽生えた。

「ひとまず無職を避けたいなら、派遣でとにかく経験を積むというのもあるじゃない」と他の道も探し始めた。

 もう説明会に行っても、全く知らない大学の子たちしかいなかった。失礼ながら、わたしは何のために受験に必死になったんだろうと悲しくもなった。

それでも「よく考えれば、この仕事はわたしの志望と共通部分がある」とポジティブに考えるようにした。「どうせまた落ちる」と開き直って、会社のいいところばかりでなく課題も答えた。

10月末、立て続けに2社の内定が出た。今はそのうちの1社、元々は第二志望だった会社に勤めている。

 

1年前のわたしと、今年10月の誰かへ。

別に「こういう考えをすれば受かるよ!」とは言わない。だけど今なら、秋までのわたしは「真面目な優等生といった学生」であっても「見どころのある社会人」ではなかったんだなと思う。

緊張から取り繕ってそれらしいことを言ってばかりで、自分の内面や考えなど全然出せていなかった。無意識ながら優等生をやめて、ようやく就活生から抜け出せた。

 

今、街ですれ違うリクルートスーツの子たちには何種類かいるだろう。同じようにスーツを着ていても、18卒の子なのか内定式の子なのか、就活中の17卒の子なのかは何となく分かる。分かるよ。1年前までの自分と同じ顔をしているから。

「こんなに頑張っているのになんで」、「やっぱりこの時期だしもうダメなのかな」と思っているかもしれない。内定が出ずに自殺する学生のニュースに、今なら気持ちが分かるかもと思っているかもしれない。同級生の「内定式!」だの「同期がいい人で良かった」だのといったつぶやきに、心を削られているかもしれない。わたしもそうだった。

 仲間がいるからって、自分もそうだったけど何とかなるよと言われたって、こっちの状況は変わらない。先行きが決まらない限り、この不安や絶望からは抜け出せない。わたしもそう思っていた。

 

だけど、就職が決まらずに大学を卒業しても人は死なない。もちろん死にたくはなるだろう。けど、それだけじゃ死なない。それなのに先走って死ぬのはそれこそ負けというか、もったいないと思った。

就活なんかのために死んでやるほどつまらない人生だったと肯定したくはない。就活なんかのために死んだって、自分を落とした御社たちには知ったことではないし、何の仕返しにもならない。わたしたちが何かを返すべきは、御社なんかじゃなく自分に関わってくれた人たちだし、何より頑張ってきた自分自身だ。

 

終わってしまえばなんてことないよとは言わない。今だってもう一度やり直したいとは思わない。

そんな中でもあなたがまだ、少しでも諦めずに前を向き続けるなら。社会のどこかにはあなたの居場所はある。少なくともこうして、見ている人もちゃんといる。

肌寒くなってきた季節、それでもリクルートスーツを着てまだ頑張るあなたへ。

社会のどこかで待っています。春からの社会人生活、その先でいつかきっと会いましょう。

 

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

 

 小説の時点でめちゃくちゃ気になっていたんだけど、就活中と1年目は絶対しんどかった日々のトラウマが呼び起こされると思って触れられていない。読めるようになる日よ、はよ。