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午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

「羨ましい」って、後悔と諦めかも。

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「隣の芝生は青く見える」とは、昔の人はよく言ったもので。

最近のわたしは、周りの人の芝生は青いどころか花畑くらいによく見えることが多々あるのだけど、それってわたしだけじゃないんだなと正直安心した。

 

 

日本人の54%はそう思っているか、思ったことがあると言うならこの国の半分は仲間だ。やったね。なかなかに荒んだ地獄感はあるけど思っちゃうものは仕方ないよねっ。

 

なんて言いながら本当は子どもの頃、友達の家や他の人を「羨ましい、羨ましい」と言ってばかりの母親が嫌いだった。

あの子の家は親が先生だのお医者さんだの、だからウチとは違って裕福だの、親も子どもも頭が良くてお上品だの、とにかくヨソ様を羨んでばかりの母の愚痴タイムが嫌いだった。うちはウチ、よそはヨソなんて子どもには言うくせに、そういうところは割り切れない矛盾にイライラしていた。

 

そんな時は子ども心に、「羨ましいと思うなら自分も目指せばよかったじゃない」と思っていた。というか、言っていた。

だって士農工商で身分と職業の縛りがある時代じゃなし、医師も教員も、家が裕福でなくとも必死に真面目に勉強して試験に合格さえすればなれる可能性のある職業だ。世にコネが存在しないとは言えないけれど、基本的に試験は「努力は必ず報われる」タイプのものだ。

現状が嫌なら、自分で変えられるよう努力すればいい。今すぐには無理でも、自分の代は自分の力では成り上がれるじゃないか。が子どものわたしの持論だった。

 

そして今のわたしだ。残念ながら、この言葉は未来のわたしに見事なまでにブーメランとなってヒットしている。

まず、今のわたしが羨ましいなと思うひとたちを鑑みた時点で「羨ましいならお前も目指せよ」という過去の自分の指摘がごもっともすぎるのだ。わたしが羨ましいなと思うのはだいたいこんな人たちだ。

 

  • 制服のブランド力とスマホのテクノロジーを最大限に生かして青春を駆け抜けている、華の女子中高生(美少女だとなおつらい)
  • 電車や街中で見かける、都会でオシャレかつ自由な学生生活を謳歌しているキラキラ女子大生(美人だとなおつらい。エリート校生だとよりつらい)
  • 有名企業に勤めてしっかり働く、オシャレで仕事のできる同年代のバリキャリOLさん(美人だとなおつら以下略)

 

わたしが20代前半のOLだということを踏まえればお分かりになるだろうけれど、わたしにとって羨ましいという感情が芽生えるのはほとんどが自分と年の近い同性なのだ。

となると羨望や嫉妬って、自分が選ばなかった、あるいは選びたかったけれど条件が揃わなかった、もしかしたらあり得ていたかもしれない可能性を見ると感じるんじゃないかと思う。

だって考えてみると、例えば幸せそうなママさんたちや家族連れを見てもまだ素直にほっこりできるし、バリバリ働くエリート男性やアイドルばりのイケメンにも別に羨ましいだの妬ましいだのとは思わないんだよな。

 

年上の幸せそうな同性は、たぶん自分も同じようになれる可能性はまだゼロではないから見ても憧れこそすれ気にはならないんだろう。そして来世にならないと自分には同じルートはあり得ないから、エリートやイケてるメンズを見ても羨ましくならないのかな。

芸能人とかタレントさんに対しても同じだろうな。美貌とか何かしらの才能が圧倒的すぎて、大抵の人間は同じ土俵に立とうとしたこともないから、自分にはあんな可能性なかったなと比べる気すらしなくて羨ましくもならない。逆に最近急に出てきたなーって人が叩かれたりするのは、まだ何が際立ってるのか分からないから「自分と大して変わらないのに」と思う人がいるからなのかも。

 

けれど女子中高生や大学生は、自分も通ってきた道だからこそ身近すぎるし後悔がある。まさにタラレバに満ちまくっている。あり得たかもしれない、あり得てほしかったことを考えるとキリがない。

そして通ってきて後悔も残しまくってきたのに自分にはもう取り返しがつかないからこそ、まだやり直しのきく現役の子たちが羨ましく眩しく見えるのだろう。

 

(ここから読み飛ばしOK、むしろ推奨なハイパー後悔タイム)

 

 

わたしは制服のブランド力なんて活かさず、ボーイッシュを通り越して少年みたいな格好をしていた。当然美少女とはとうてい呼べない。

カーディガンやネクタイも定番を嫌って定番ではない色柄を選び、リボンは可愛すぎて無理だとつけなかった。今思うとめちゃくちゃもったいない。制服ディズニーとかも頑張って遠征してやればよかった。でももうコスプレでもしない限り取り返しはつかないし、コスプレで取り返しても意味がない。

 

それにガラケー全盛だったわたしの中高生時代は、まだスマホみたいに高画質大容量の写真もデータも扱えず、画質のたいへん悪い思い出しか残っていない。9割がスマホでLINEをしているSNS世代には笑い話だろうけど、ガラケーでのネット閲覧は高額で、パケットし放題加入者は勝ち組だった。メールの送信には時間がかかるし、送信失敗もよくあった。メールの送受信画像とか知らないでしょ、今の高校生。

そんな制約があったことを思うと、サクサクとやり取りができて綺麗な思い出の写真を撮り放題加工し放題の今の中高生はすごく羨ましい。でもやっぱり、わたしが現役だった当時になかったものは仕方ない。

 

そして都会でオシャレかつ自由な学生生活を謳歌しているキラキラ女子大生の眩しさだ。

わたしは地方の大学で、お金がないお金がないと言いつつゼミに全てを捧げていた。そんな地味な田舎っぺ大学生には憧れの存在だった。

それにわたしが選びたくても兄弟との兼ね合いと家計の都合で選べなかった、「私立の難関大に通うために仕送りで一人暮らし」なんて大学生は、正直未だに家に余裕のある人はズルいなと思うことがある。


垢抜けた都会のOLさんも、わたしは有名企業に勤めるほどのバイタリティは持てなかったし、今も垢抜けない田舎っぺのままなので素直に羨ましい。

大企業ブランドよりライフワークバランスを取ったのは自分なのだけれど、どう生きてきたらああなれたんだろう、大学で都会に出たり気になることを即実行できる後ろ立てがあれば違ったのかななんて、タラレバを考えてはもやもやする。

 

(ここまでが読み飛ばしOKなハイパー後悔タイムでした)

(読んでくれた方はほんとうにありがとうございました)

 

 

こうして自分が羨ましく思う人や物事を考えると、やっぱり自分も通ってきた道だけど「自分はやらなかった」「自分にはそもそも選べなかった」ことをしているという条件がそこにはある。

もっと言えば、わたしが誰かを羨ましいと思う時には自分はやらなかったという「後悔」と、自分には選べなかったという「諦め」が必ず背景にあるのだ

 

子どもだったわたしにはこの区別はついていなくて、母の愚痴タイムは全部「後悔」に聞こえていた。だから「やらなかった母親が悪い」と思っていた。

でもたぶん本当は諦めたからこそ羨ましかったものも混じっていて、強いて言うならまだ割り切れない大人が嫌だったのだと今になって思う。

 

そう気付いた今のわたしにせめてできるのは、少しでも後悔をしない選択をして、選べなかったことは引きずらないことだろう。

後悔を増やさないためには、どうしても譲れないポイントを決めてそれだけは絶対的に通れるように動く。例えば大学はこのクソ田舎を出て絶対に東京に行くとか、恋愛をして好きな人と結婚するとか、仕事がどうなろうと子どもを大事に育てるとか。

ぼやっと生きずに、後悔したくないポイントは決めた方がいいんだろうな。長く生きれば生きるほど選択ポイントも増えて、後悔ポイントはきっと増えまくるだろうから難しいだろうけど、努力目標にはしたい。

 

それから選べもしなかった選択肢や可能性は引きずらない。パラレルワールドドラえもんもしもボックスが存在しなければどうしようもなかったことはもう全部妄想だ。

例えば「君の名は。」よろしく「東京のイケメン男子高校生になりたい!!」と言ってもわたしに宮水家の力はないし、今更出生地も過ごした時間も青春の思い出も上書きできない。

それから橋本環奈ちゃんか広瀬すずちゃんの顔で2010年代の女子中高生がやりたかったと言っても、親の顔は選べないし寝言でしかないので飲み込むべきだろう。ここは二次元や二次創作に期待して、自己投影して満足するくらいにしておけばいいんだ、きっと。

 

人を羨ましいと思わないことはきっと一生できない。でもだからと言って、人を羨んでばかりの人生は、絶対めちゃくちゃにしんどい。

そうならないように、全て理想通りの人生を生きるために全力で努力すべきとは絶対に言わない。自分のキャパシティは、大抵自分の理想ほど広くない。

少なくともわたしは、理想の人生にめちゃくちゃ頑張って片足を突っ込めたとしても3年と持たないことも分かっていた。地方の地元では仕事がないから外に出るしかないけど、支えてくれる家族もなしに一人では無理だともう知っていた。そうして選んだ理想通りじゃない今も、少なくとも死にたいと思うほどの荷重は感じていないのでまあアリなのだろう。

 

結局、人を呪えば穴二つなんて言うけれど、人を羨んでも人生は一つだ。

キラキラ女子からすればモブキャラのストーリーでも、自分にとってはそれが唯一なら自分くらいは愛してやらにゃならんだろうと思う。

羨ましいって気持ちの正体が本当に後悔や諦めなら、自分の努力でコントロールしてうまく生きたいし、生きるしかないんだろう。

 

 

と、さあ投稿するぞってところで約1,000文字を消して泣きそうになったけど頑張ったぞ!こういう時ってだいたい元の方がよく思えるよね!!

まだ週末じゃないけど明日も頑張るぞー。それでは、おやすみなさい。