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午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

就活でしなきゃよかったと思う3つのこと

真面目な話 就職活動 まとめ

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3月1日を過ぎ、就活の足音がいよいよ聞こえてきました。

真っ黒なスーツの軍隊に囲まれて、右も左も分からない世界に不安になっていたのが既に懐かしいです。というか一周回って楽しくなっていました、最初は。

とりあえずグーグル先生にでも指南をいただこうとすると、まあインターネット上にはあちこちにこれでもかと「就活では〜〜しろ!」といった言説が溢れていますよね。

 

そりゃそうだ、いずれ転職するとしてもキャリアの入り口はそこそこ人生の方向性を決定付けます。そのためにやった方がいいことなんてキリがないに決まってる。

でもただでさえ心身ともにギリギリの就活、あれもやってこれも気にして、って限界があります。しかも不安になって色々調べれば調べるほど「した方がいいこと・よかったこと」が山ほど出てくるし、負のループにハマって訳がわからなくなりやすい。

就活を終えてからようやく、そんな自分を客観的に見られて気が付きました。

 

だからあれこれベターを「付け足していく」加点法じゃなく、とりあえず気にしたり止めた方がいいこと、タブーだけは最低限「避ける」。そんな気の持ちようがあればまた違ったのかなと今になって思います。

そんなわけで、今年就活をする身内に向けてまとめるついでに、2年前の自分を振り返り、就活でしなきゃよかった反省点を綴ってみます。

 

 

1.自分の言動を反省しすぎる/落ちた理由を考えすぎる

これはかなりの人が陥るんじゃないかと思います。ESに面接、終えたあとに冷静に思い返せば反省点はぽろぽろ出てきます。

ここで言いたいのは、反省も理由の考察も次のためには絶対に必要。だけど「過度」の反省や考察はダメということ。

要は、すべての非は自分にあると思い込んで自分を責めすぎるのがダメなんです。だって実際には能力や経歴や人柄ではなく、自分ではどうしようもない「条件」で採用・不採用が決まることはあります(後で考えて察しがついたことですが)。

 

例えば「地元近辺の私大くらいの女の子が来てくれればいいから、都会の国立大のUターン女子はちょっと持て余す」とか。

「住宅補助など各種手当てを出すことになっているけど、できれば削減したいから、優秀な遠方出身者よりはそこそこで元々近くに住んでいる子を採る」とか。

そんなの、今更どうにも取り繕えないじゃないですか。自分に非はなくて、もう単なる条件不一致も絶対にあるんです。ナビサイトなんかで学歴・住所不問「ということになっている」から起きてしまった不幸です。

 

向こうだって「選考」している以上は選考基準があります。ただそれが「学歴・人柄・能力」だけとは限りません。そういうこともあり得るんだと認識しておけば、少しは気が楽だったのかなと思います。

もちろん反省が不要なわけではないです。それは絶対にない。適度な反省と振り返りは必要。自分の受け答え・振る舞いといった、一朝一夕でどうにかできそうなことは全力で反省を重ねて改造すべきなのは間違いないです。

 

 

2.学歴を気にしすぎる

これも「過度」は止めとけという話。

例えば、県外じゃ名も知れない地方私立大から、ここ数年は旧帝早慶クラス以外の大学が採用実績校に見当たらないような企業ばかりを受けまくってるような人には「さすがに気にしろよ」と言うと思い います。

それでも面接なんかで、同じグループの人が軒並み自分より高学歴だった時に「はいおわた」みたいなことは思わなきゃよかった。「採用実績校に名前がないから無理だ」なんて決め付けて初めから諦めたりしなきゃよかった。

 

学歴については、自分の価値把握や企業の採用方針などを考察するときに、ひとつの基準として気にすることは大事だと思います。いわゆる「大手病」を避けてより脈のありそうな企業を考えるためにも役立ちます。

学歴フィルターはない、なんてことはわたしは絶対に言いません。どこかで「学歴フィルターは、フィルターを通った人間の方がよく感じている」と聞いたことがありますがまさしくそうでした。

企業の規模や業界のカラーもあるかもしれませんが、わたしの受けた東京の企業だとほとんどのところでMARCH、最低でも日東駒専以上の学歴の受験者にしか出会いませんでした。

 

感覚としては早慶2割、MARCH3割、日東駒専2割、国公立2割、その他私大1割といったところだったでしょうか。業界は伏せますが東証一部上場企業、の子会社たちくらいの話です。

わたしはこのうち2割の「国公立」グループでしたが、国公立にも格差はあります。わたしがバッティングした人たちだと、旧帝大クラスは少なかったですが首都圏なので筑波・横国・千葉・首都大あたりが多かったです。

そんな中、わたしはいわゆる「中堅の壁」の5Sあたりの大学だったので自分は下位受験者だと思っていました。何なら「ここにいるのは高学歴ばかりだから、わたしは世間ではそこそこな方だとしても、高学歴の中じゃ最下層だ」くらいに認識していました。

 

個人的には、学歴フィルターに異を唱えるつもりはないです。むしろ何も言えないとさえ思ってました。「異を唱えるんなら受験生の時に努力しとけばよかった話だし、きちんと努力した彼らはしかるべき報いを受けて当然だ」と自戒を込めていました。

わたしはそれなりの努力しかできずそれなりの結果しか出せなかったので、諦観するのは簡単でした。悔しいのはものすごく努力しても結果には繋げられなかった方々でしょうが、それでも結果を出した人たちを評価しない理由にはできないと思うんですよね。

 

そんな学歴ですが、それでも結局はその人を知る「入り口」でしかありません。よく言われますが、書類を通れば学歴はあまり関係なくなります。

超高学歴なのに喋りやまとめるのがめちゃくちゃ下手な人もいましたし、失礼ながらどこの大学?と思っていても理路整然と話す人もいました。そうなっても学歴を優先する企業はたぶん、なかなかいないですよね。

学歴については、ある程度指針や戒めとして利用はしても、絶対的なものだと考えすぎない方がいいかなと思います。

 

 

3.優等生をやってれば間違いないと考える

これがわたしの中では一番大きかったです。今になって思う、就活生時代のわたしの中の最大の病気でした。

よく「社会人になるんだから学生ノリは捨てろ」と言われると「分かってる分かってる、そんなゆとり学生全開なこともうしないって〜就活生だもん☆」みたいなことを思っていましたが、何も学生ノリってゆるいとかゆとりとかそういうことだけじゃないんですよね。

 

学生時代は、先生の言うことを(表面上だけでも)しっかり聞いて、真面目に授業を受けて、感想文や小論文にはいかにも先生好みの回答を書ける人が「優等生」で「勝ち組」なところがあったと思います。何を隠そう、わたしもそれが楽だからそうしてました。

じゃあ、それを就活でやったらどうなるか?という話です。

先輩の経験談や就職相談室の人の話をしっかり聞いて、真面目に説明会を受けて、ESや面接ではいかにも意識の高い人好みの回答を書く就活生は、果たして勝ち組でしょうか?

 

答えは、「イエス」ではありません。

もちろん、成功している就活生は基礎として最低限これを踏まえていることが多いので「ノー」とは言い切れません。それでもこんなことは、勝ち組になるための差別化には何の役にも立っていないはずです。

そしてこんなことだけで満足していたわたしは、むしろテンプレからはみ出せず自分の頭で考えられない、没個性っぷりをアピールしていただけでした。

 

だって「真面目に意識を高く持つ」なんて、優等生じゃなくてもほとんど誰でもやりますよね。人生の懸かった就活ですもん、誰でも自分を真面目によく見せようとする。ただその結果、言えることは似たり寄ったりになりがちなんです。仕方ないですけどね。似た話のないドラマチックな人生を送れる人なんてテレビの中にしかいないです。

そうなると、面接官としてはどうでしょう。似たり寄ったりで誰でもやっているようなことをほぼ全員からアピールされたら、地頭=学歴を判断材料にして上から拾っていこうという話になりませんか。だって他に差を見つけようがないなら、周りの人事部員も納得させられる合理的な差なんてなかなかないです。

 

わたしはそれでも一次は「高学歴の最底辺」なりの語彙力と自信でほぼ切り抜けられました。問題はそこからで、二次面接より先にはほとんど進めなくなりました。優秀な人でなく「優等生」によくある「可もなく不可もなく」状態だったのかなと思います。

以前の記事にも書いていたと思いますが、ESは本当に足切りだと思います。最低限の誠意と熱意と常識、それから企業の求める諸条件をクリアしていれば通っていた。学歴はその諸条件のひとつです。

そして一次面接では「業界・業種への理解と適性」、二次面接以降では細かくマッチングや志望理由の確かさ、志望度の高さなどを見られていたのかなという感覚でした。

 

それを踏まえると、優等生だと二次面接以降に困るのは当たり前だったなと思うのです。

だっていい子にしようと必死すぎて、綺麗事や意識高そうなことばかり喋って、差別化したつもりでも気付けばどこの会社でも言えそうなことばかり言っていたんです。

減点が怖いばかりにソツなく振舞おうとしたけど、減点がない代わりにわたしには加点もなかったと思います。決して悪いと言うほどではないけど印象には残らないタイプで、どうしてもあの子がいいと思ってもらえる存在には絶対になれていませんでした。

 

だから「とりあえず失敗しなければ大丈夫」という思い込みは捨てるべきだったと思います。社名を間違えるとか質問を理解しきれずに変な返しをするとか、そんなことはなかったから大丈夫、なんてことはないです。

よく「就活は恋愛に似ている」と例えられますが、面接がデートだとしたら、面接官の方々はとりあえずデート中はにこにこしていてくれるお相手です。

そんなお相手があなたとのデートを終えての感想が、「悪くはなかったけど、めちゃくちゃ楽しいとか新鮮だとか、しっくり来るとかはなかったな」程度だったとしたら、「もう1回」はあるはずないんですよね。

 

とはいえ、明らかに話が弾んで面接官のテンションが上がったとしても落ちるのが面接です。あからさまなOKサインもなかなかありません。

淡々と終わってしまったとしても、それは「しっくり来る感」を覚えてもらっていたのであって実は好印象だったり、実は初めから「この人超タイプ!とりあえず通す!!」でさくっと終わっただけだったりするかもしれません。

というわけであれ?結局面接ってあんまりよく分かんねえな?という話なんですが、それでもひたすら優等生を演じ通すという対処法は間違いか、かなり早いところに限界があるのは確かです。恋愛で言えば「いい人止まり」です。

※このブログは決して「だから思いっきりやっちゃえ!面接でもハジけろー!」的なことを推奨するものではありません。

 

 

おまけ

あとはささやかなことですが、内定が出なくて苦しいときにみんしゅうなんかを見続けるのはやめた方がいいですね。

わたしは夏の面接解禁以降は特に「まだ内定出ない人」みたいなスレッドで同類を眺めて安心していたんですが、負のオーラで鬱になるだけでいいことはなんにもなかったです。

そもそも、自分と同じように内定が出ない人がいるからって、それで自分の就活も人生も好転しないですからね。有益な情報なら積極的に拾いに行けばいいですが、安心材料を拾うのに割いてる時間は何の役にも立たないです。結局ぬるま湯を吹っ切って、自分の道を進むしかないのです。

 

そしてみんしゅうといえば遡るとログが見られるので分かると思うんですけど、聞かれてもどうしようもない、失礼ながらしょうもない質問をしている方々ってよくいませんか。ああなっていたら止めて欲しいなと思います。

例を挙げると「連絡来ないんですが落ちましたかね…」的な「ここで聞いても分かんないしもう察そう?!」な書き込みとか、「面接って何聞かれるんですかね?」的な「面接官しか知らないし知っててもお前教えるの?」な書き込みとか。

そのセルフツッコミ、客観視ができなくなっている時点でヤバいです。何でもかんでも即・人に聞いている時点で社会人以前に学生としてのレベルがお察しです。そりゃ社会人になったら報連相や分からないことをそのままにしないことは大事なんですけど、質問のレベルが違いますからねこれ。

 

あと更に付け足しになりますが、説明会で何かしら質問したいからってとりあえず「女性が活躍できる会社ですか?」って聞く女子やめような…。明らかに女性比率が低いとか特別何か取り組みをしている会社ならまだ分かるけど、それが本来は聞くまでもなく当たり前だし、普通に考えてこのご時世「いいえ」と言えるわけないですよね。なのにそこまで考えが至らずに聞いているのはとても野暮じゃないですか。

大学時代、教授に散々「質問のレベルでその人のレベルや理解力が知れます!」といわれてたんですが、1年経って理解しました。やっぱり賢い人の言うことは確かだったなー。

 

 

そんなこんなでおまけも合わせると5つ6つくらいになりましたが、以上が就活における「わたしの屍を越えてゆけ」案件リストです。

18卒(平成30年卒ですってよ、こっわ)の皆さまにおかれましては、心身ともに健康に気を付けて就職活動戦線をお過ごしください。

 

あえて「祈り」はしません。それでは、皆さんのご健闘を願って。