午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

今日で会社を去ります

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先週の夜、直属の上司に転職に伴う退職の意思を伝えた。それから数日。

小さな会社だから、もう風の噂で聞いたという人も、何となく察している人もいる朝。

とうとう朝礼で全体に向けて、転職すること、そして退職すること、明日から有給の消化に入ることを告げた。

 

結局、歳がすぐ近くの先輩たちには自分から言い出せないままになってしまった。

退職の意思を上司に伝えてから最終出社まで、もう少しあるだろうと思っていた。だからどこかで伝えたいと思っていた。

けれど上層部から唐突に「せっかく残ってるものは使うべきだし、明日で有給消化に入ろうか」とありがたくも戸惑う通達をいただいてしまった。

だから先輩たちからしてみれば、朝礼で突然後輩の退職を聞いて、その後輩はそのまま今日いっぱいで出社しなくなるのだ。

その唐突さを思うとどんな顔をすればいいのか分からず、もう「ごめんなさい」と言うべきなのかも分からず、苦笑いをした後にいつも通りな風に振る舞うことしかできなかった。

 

直属の上司と総務部関係者以外にも、自分の口から伝えたのはこれが初めてになった。

だから、改めて挨拶まわりをしている中でいただいたいくつもの「なんで先に言ってくれなかったの」の言葉が刺さった。

それは「辞める前に相談して」の意味でもあり「決めたなら公式発表前に教えてよ」の意味でもあったと思う。

いずれにせよ、相談しなかった私を責めるというより、言われなかった頼られなかった自分たちを責めるような言い方が辛かった。

「しんどそうだなって気に掛けてはいたんだよ」と言われる度、私は「知ってました、ご心配お掛けしてすみませんでした、ありがとうございます」と泣きそうに笑うことしかできなかった。

 

 

本音としては色々ある。

だって転職が決まるまでは社内の人には誰にも言わない方がいいとか、上司より先に先輩に伝わるのはダメとか聞いていたし。

気の重い秘密の共犯者にしたくなかったとか、変に気を遣われたくなくて普通にしてほしかったとか、勝手な願望もあった。

本当は辞める決断をする前に、苦しさを相談するべきだったのは分かっていた。

 

だけどそうしなかったのは、最終的には「話してしまったら、仕事は苦しくてもその人たちに後ろ髪を引かれて、どうにか残りたくなるから」だったのだと思う。

仕事そのものは辛くてたまらなかった。何度も私は何をしているんだろう、これが誰の役に立つんだろうかと分からなくなったし、当然結果なんて出せなかった。

だけど、そんな中でも私を責めない優しいままの会社の人たちを、私は本当にみんな好きだったのだ。

 

 

話してしまったら、この人たちを裏切るんだと改めて意識してしまう、心苦しくなってしまうに決まっていると自分でも分かっていた。

けれどそんな優しい人たちなので、辞めると発表したその日、週末でもないのにほぼ総出で飲み会を開いてくれてしまった。

そして上司に辞意を伝えた時の上司の対応もそうだったけれど、その飲み会での皆さんの私の扱い方もまた完璧だった。

ほぼ総出で人員が集まった名目は、確かに「あいつが辞めるから最後に飲もう」ではあったけれど、決して過剰に私を主役扱いしなかった。

最初に次はどういうところなのとサラリと聞いただけで、どうして辞めるのとかなんで言わなかったのとか、問い詰めるようなことは一切なく、ただただいつも通り普通にお互いを労う飲み会だった。

 

 

それでも帰り際、駅まで歩きながら、直属の上司の更に上の上司がこうこぼしてくれた。

「ねぇ、分かっててね、みんなね、寂しいんだよ」

「でも別にここで終わりじゃないから、繋がりはなくならないから」

ほんとかよって思いながら、そんなこと言ったって私なんてすぐ忘れるでしょなんて内心うそぶいているのに、涙腺に直撃してしんどかった。

私は寂しくなるけど。皆さんはそんなことないと、むしろせいせいすると思っていた。

なのにどうして。どうして経営陣と顧客その他諸々からの無茶振りに、日々余裕もなく慌ただしく駆け回りながらそんなことを言えるんですか。そんなに優しい言葉をくれるんですか。

 

泣きたくないと思っていた。泣きだすとしゃくりあげてしまってうまく話せなくなるから。

なのに何度も何度も泣きそうになって、ごめんなさいとありがとうを伝えるだけで精いっぱいだった。蛇口が壊れたみたいに、涙腺が緩みっぱなしだった。

本当はきちんと経緯を説明したかった。どうして転職・退職までを考えたのか話したかった。

それでももう涙腺への攻撃と涙声を堪えるのに必死になるしかなくて。泣きそうな声で笑いながら、ありがとうございますって言うことしかできなかった。

 

 

転職が決まるまでは「早くここから居なくなりたい、その方が会社はお荷物を放り出せて私は罪悪感から解放されて、お互い幸せになれる」とまで思っていた。

上司に話すまでも「これでもかとこれまで辛かったことをぶちまけてやろう」と思っていた。

けれどいざ公になってみると、そんなことは話そうとも思わなくなった。

むしろ半人前が勝手に思い詰めて勝手に始めて、勝手に決めて勝手に報告したことなのに。

誰もが社会人として最低限の嗜みだとしても、内心思うところはあろうとも建前でも笑って応援してくれて。

その気持ちがありがたいと同時に、そんな人たちとの関係を手放すことがさみしくて寂しくて。

帰り道は、電車の中から泣けた。涙は流さないように必死に耐えたけど、鼻は何度も啜っていたし目からはずっと涙が決壊寸前だった。

 

 

電車を降りて、駅を出て、家まで歩く途中。

唐突な最後の一日を頑張った自分にお菓子でも、とコンビニに寄った。それでも気は紛れなかった。

店を出て、コンビニ袋を片手にカサカサと言わせて歩きながら、もう日付も変わって誰も居ないし暗くて分からないからいいやと涙をこぼした。時々嗚咽も出たけれど、それも含めてもういいやと思った。

 

ただでさえ低い視力な上、涙で潤んでぼやけた視界だ。たくさんの星なんて見えなかったけれど、明るい月だけは綺麗に見えた。

たぶんこの夜に見上げた、滲んだ月のことはきっと忘れないと思った。

半人前のくせに、これだけ幸せな送り出し方をしてもらってしまって。寂しい、嬉しい、ありがたい、寂しい。でも何より、ああ私、頑張らないといけないと思った。

 

 

次こそ笑って「大変だけど嫌いじゃないよ、この仕事」と言えるようになりたい。

勝手なエゴだろうけれど、それでも今日送り出してくれた人たちに、いつかの私を見て「よかったね」と思ってもらいたい。

まだ何も始まっていない次の私も、きっと今の私と劇的に変わり映えはしないだろうから、背負わせすぎるとは酷だと思うけれど。ただの逃げ場じゃなく、頑張らせて欲しい場所として選んで入れてもらった次の会社がもうこれからは私の場所になるんだ。

置かれた場所で咲けなかったなら、咲きたいと望んだ新しい場所でこそ。咲いてみせよう。肥料はもらった。頑張らないと。