午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

元気ですか、私は最近生きるのがちょびっと楽しいよ。

f:id:reni025:20181217011822j:image

「大人になってから1年が早くなったね」なんて、学生の頃は絶対言うもんかと思っていたテンプレートでつまんない台詞が、口に馴染んでしまってからもう何年経っただろう。

社会に出ることがイコール大人だと思っていたあの頃、大人になって仕舞えば、働き出してしまえば楽しいことなんかないと思っていた。

 

もちろん「社会人になっても充実した生活を送っている(ように見える)人もたくさんいる」。そんなことくらいはちゃんと認識していた。

けれどそんなの、本当に能力にも容姿にも性格にも恵まれた幸運な人間/自分とは別次元の根っからポジティブな人間/とにかくキラキラした自分を演出したい自己顕示欲の強い人、いずれかの強がりだろうとわりと真面目に思っていた。

私はそのどれにも当てはまらない。今までもこれからも、きっとずっとどれにも該当することはない。

そんな私でも今、ちょっとだけ人生がたのしい。

 

自由で気楽なモラトリアムが終わってしまえば、後はひたすら労働し生産し搾取される歯車になるだけだと思っていたのに。

それでも1年前の私のように、働きたくない働けないと歯車にさえなれないよりは(自分にとっては)マシだからまぁ頑張るしかないかと、半ば諦めを伴って受け入れていたのにな。

社会に出てからの数十年の中で、こんな愉快な気持ちになれるなんて思っていなかった。

私の中では、ティンカーベルの足元からきらきら溢れ落ちる、砂金みたいな光のイメージで舞い降りてきた僥倖だ。思いがけず舞い降りてきた、ちっぽけだけどちかちかと輝く希望だ。

 

変わったのはふたつだけ。私の住む所と、恋人(と認識していた人)の有無。

加えて言うなら、他にも得たものより失ったものの方がたぶん大きかった。この1年で、恋人だと認識していた人と友人だと認識していた人との関係、何より1人と1匹の家族を失ってしまった。

禊ぎでもされているのだろうかというくらい、手を離れていってしまうものの方が多かった。それを差し引いても、今の私の心は1年前の今より凪いでいるし安定している気がする。

特に恋人をはじめとして「今の私の生活の中には居ないのと変わらない」というくらい物理的にも距離があったのに。本格的に失ってしまうとこんなに軽くなるなんて、一度パーソナルスペースに引き入れたものはそれだけで私の中ではそこそこのウェイトがあったらしい。それすら初めて知った。

 

 

おそらく、良くも悪くも自分の感情を揺らして影響してくるものたちを失ったからということなんだとは思う。

そうして自分の感情や、数年先の未来を、誰かや何かに揺らされて影響されることなく、自分だけでコントロールできるようになった。

それは見る人から見れば寂しく可哀想なことなのかもしれないけれど、私にとってはふと身体を軽くして呼吸を楽にしてくれることだった。

働いて住む所、休日に出かけるところ、会う人、それを選べる交通手段が用意された街。自分を着飾るもの、そもそも着飾るかどうか。それを誰に気を遣い口を出されることもなく決められる。

私は、私の人生を私で決めてやっと歩けるみたいだ。

社会に出て3年目、ようやくそんな実感が湧いた20代後半のはじまりだった。

 

もちろん、ずっとこのままでは居られないということは分かっている。私が変わらなくても、世間や他人は変わってしまう。

今会って遊んでくれている友人たちだって、いつ恋人ができたり結婚したりするか分からない。10年先どころか5年、3年先に今の会社にまだ居るかも怪しい。この会社に居たとして、転勤を命じられない保証もない。

でも、僅かな時間の少しだけのきらめきだったとしても、今の自分には今が楽しいから。

いつか夢見ていた「リソース豊かな都会で誰にも口出しされることなく、好きな時に好きなことができる暮らし」を、進学でも就職でもなく、転職と引っ越しでようやく叶えられたから。

そうして夢が叶った今が楽しいのもあって、あの頃の私の夢は間違っていなかったと思うしそれに応えたい。もっと先の未来のことなんて、あの頃の自分のぶんまで楽しみ尽くしてからしか考えられない。

 

だから、もうちょっとこのまま。

自分なりに我慢して戦って、数年遅れでようやく手に入れたちょびっと楽しいだけのちっぽけなご褒美を噛み締めていたい。

人を愛し愛される喜びがここにはないと言われても、ギブアンドテイクの愛より自分だけで完結できる自由を求めて走ってきた人生だ。

だからか、身内や友人に心配され気を揉まれるフリー状態になるという、一見マイナスに転じるような行動が自分にとってはプラスになることもあったらしい。

世間や身内の言う「正解」に振り回されずに、自分が楽に呼吸のできる道を歩いたっていいよ。1年前の自分に会えるならそう言いたい。

とりあえず今年も、自分なりの道を。自分のペースで歩き走ってゆきましょう。