午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

NPCの台詞みたいに「結婚しないの?」「子ども欲しいと思わないの?」って言ってくれちゃってさ

就業規則だの法律だのは俺たちに優しくないからって疑うくせに、自分の未来には結婚と子育てがあると信じて疑わないの、なんで?って私も聞いていいかなぁ。


数ヶ月ぶりに会う、結婚式終わりの男友達たちは、私たちの共通の同期である新郎に当てられたように夢を語る。
そこへ「なんで結婚できるって疑わないの」とドッジボールを暴投してぶつけたくなりながら、おめでたい席くらいは黙っていようと「そう言う自分たちはどうなの?」と問題をすり替える。
まとめサイトの「『結婚しないの?』親族親戚に聞かれて困った時の対処法5つ」とかの、3番目くらいに載っていた。主語のすり替え。多少は役に立つ。

それでも一時しのぎでしかなくて、すり替え切れなくて戻ってきた話に「百歩、いや千歩、やっぱり一万歩くらい譲って入籍だけならできる」と返したらすかさず「じゃあ俺と」というダチョウ倶楽部のネタが始まりそうになるので、「ただし別居婚で頼む」で鎮める。
彼らにとっての結婚はあれだ。『朝は味噌汁の匂いと優しい嫁の声で起こされたい』やつだから効く。

悪いけどそんなの私だってして欲しいし、でも出来はしないので、自分だって無理だから朝の味噌汁なんて求めないよ別居もオーケー、くらいの温度感の人に限って検討できるような気がする。

結婚に求めるものが『困った時に助け合えること』とかであるなら、別に一つ屋根の下に住む必要はないんじゃないかと思うんだけどな。気心の知れた幼馴染のごとく、お隣さんとかの方がほどよい距離感が保てると思うんだけどどうだろう。ええ。あくまで同居希望ね。はい。破談。



「それでも寂しいから子どもは欲しくない?」って、お前らは自らも含めた子どもをなんだと思ってんだ。ペットか。
寂しさを紛らわせるために君たちのお母様はお腹を痛めたわけじゃないし、君たちの奥さんだって命を懸けるわけじゃないよ。
子ども本人だって、親のためじゃなく新しい自分の人生を生きるために生まれてくるのであって、断じて親の老後の寂しさを紛らわせるとか他人の人生のリベンジやら介護要員のために生を受けるわけじゃないわ。

「でも自分の子どもだったら可愛くない?」と聞かれてもなぁ。別に自分の幼少期、可愛いと思ったことがないし。自分の遺伝子を後世に残す必要を一切感じないし。別にもったいなくないよ。でも一応ありがとう、惜しんでくれて。


まあ私だって、子どもがキャベツ畑から収穫されてくるかコウノトリが運んでくるシステムだったら少しは考えるかもしれないよ。
でも残念ながら、私は子どもが欲しいなら産まなきゃいけない側なので、ペットを飼うか飼わないかみたいなノリで欲しいとか言えないんだよ。

「別にそんなペットを飼うようなノリじゃない」?そう?じゃあ聞くけどさぁ。



君たち、ソシャゲは好きか。中でもガチャは好きか。好き、楽しいよね、オーケー。
じゃあ『排出率がN:99.7%、R:0.3%、SRとSSRとURは出ない課金ガチャ』ってどう思う?「課金でそれはありえない」よね?

それが更に『交通事故で全身打撲・骨折レベルの痛みと引き換えに、命を懸けた時のみ回せる』だったら鬼畜だよね?
そして『引いてから排出までは約10ヶ月、リセマラ不可』で『課金額は累計数千万(数十年ローン)』だったら回す?


私は回したくないんだよ。命を懸けてまで自分によく似たNカードを作ろうとは思わないよ。君たち含めて他の人のガチャにはSR以上が装填されてるかもしれないけど、私は最高でもRしか引いてやれないんだよ。

Rに引け目を感じてSRに憧れて、Nの最大値近くまでレベルを上げてRにようやく近付けたと思ったら、彼らも遠く敵わないSSRの存在を知ってしまって凹んで、もはやURなんか別世界だと絶望するNカードの連鎖なんて。もういっそここで終わらせてあげたいんだよ。


「それでもプレイヤー同士の交流は楽しいからそっちで楽しめばいい」?
「というかお前は別にNではない」?「そもそも人間をカードに例えるな」?
うるさいわRカード共。お慈悲をありがとう。あとカードに例えるなっていうのに反論はない。でも私はとりあえずこのソシャゲをデータ消去とか本体を壊す以外の方法で辞めたいんだ。



別に全然、それでも人生に新しい仲間をと願うことを否定するつもりなんかないよ。無駄だとかバカだなんて一切思わないよ。
むしろ尊いと思うしすごいと思うし、新しい希望に純粋に期待できる素直さに憧れすらするよ。

君たちと奥さんがいつか、自分たちの人生に新しい仲間がほしいと望んで選ぶなら、それは素直に素晴らしいことだって祝福する。

でも、現代を生きる私たちが侍の潔さに憧れどもミスで腹は切れないように、夢見る人を支える尊さに夢を見れども芸能マネージャーに転職しないように、いいなと思うこととそれを選ぶことはイコールじゃないじゃん。

うん?「何のゲームの話?」かって?いや確かにちょっとは過ぎったタイトルがいくつかあるけどあくまで例えで、本筋はゲームの話じゃない、忘れて。とにかく、私はそれを否定しないけど選ばないよってことだけ言いたいの。



うっかり語ってしまったところで、私に式の写真を見せてくれていたひとりが「ところでソシャゲの例えを聞いてたら、ガチャを回したくなってきたんだけどせっかくだし回してみない?」と私にスマホを差し出す。え、引いていいの。有料じゃないの。結婚2年目じゃん君、そろそろ落ち着けって奥さんに怒られないの。

何やら無料プレイでも手に入るアイテムを集めて回せるらしい、有料10連ガチャを回す権利をもらったので、言い訳がましく「ビギナーズラックと無欲の勝利を祈ってくれ」とタップする。URなんて絶対引けないけど、確定のSR1枚以外にもう1枚SR出るくらいの収穫はあるといいなぁ。


裏返しで10枚出たカードが裏返っていって、普通にキラキラしたエフェクトが5、6枚続いた後に、何となくでも明らかに豪華なエフェクトが現れてそわっとする。
「これ、今のこれがSR?ちゃんと強いやつ?」と思わず聞くと、スマホの持ち主は画面を覗いて「SSRが1枚だねぇ、持ってるやつだから覚醒できるわ、一応ありがとう」と笑う。


「ところで」と、私が掴んで渡したスマホの反対の端を向こうも掴んだまま、彼はニヤリと笑って「俺、来年の春にはパパになります」とさらりと言う。
結婚式で聞いていたらしい周りの同期は「こいつのジュニアモンスターが爆誕するんだってよ」とへらへら笑う。

ああもう。なんだよ言ったそばから。そんなの絶対可愛いじゃん。

「ロール成功したからさ、どんなクラスでも可愛いに決まってるけどSSRくらいに育つといいよね、おめでとう」と返すと「俺は痛みを代わってやれないから、とにかくひたすらGを稼ぐし、どんなクラスでも全力で育成するわ」と彼も笑う。



好きな人とお互い好き同士になれて、家族や仲間に祝福されて一緒に暮らして、人生に新しい仲間が増えて。
URを引くよりたぶんよっぽど難しいそれを叶えたんだから、さらに幸せになるなんて、言われずとも両手でゲームクリアをするより簡単だろう。

「ねえねえ、私最初の町でちょっといい初期装備アイテムを授ける村人Bになるね」と、彼のスマホをもう一度タップして画面を明るくして、画面いっぱいにぴかぴか光るSSRカードを眺めながら私もへらへら笑った。