午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

『君と見た夢が終わる夢を見たよ』

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今が思い出に変わった頃、例えば10年後くらいに、17歳の頃を思い出した時こんな気持ちになるのかな。
そう思いながら聴いていた曲だということを、夕暮れの街を歩きながら、シャッフル機能でイヤホンから流れてきた10年後の夏に思い出した。


たぶん別に何かの主題歌というわけではなくて、思い出のエピソードがあるわけでも、PVに好きな俳優さんが出ているとかでもなくて、そもそもPVを見た記憶もなく、もはやどうして知っているのかさえ記憶が定かじゃない。
自分の好きな曲ベスト盤を作ったら入れるかと言われるとどうだろうという感じで、カラオケで歌うかと聞かれれば歌ったことはない。
けれどふと昼間の青い空に透けて浮かぶ、幸薄そうな細い月を見かけるたびにサビのフレーズを思い出すものだから、iPod nanoからiPhoneに機器が移行してもデータを引き継いで今も手元にあって、時々こうして耳に流れる。

音楽だとか匂いだとか、五感に強く響くものにふれると、本当に自分の中にあったわけではない景色が、思い出みたいな顔して脳裏に過ぎることがある。
焦燥感を覚えるような、ギターがジャカジャカと掻き鳴らされるイントロが流れると、捏造された記憶の中の私の視界がPVみたいに一緒に脳内にも流れる。
つまりは実在しない記憶のくせに、たぶん今この視界をみている私はこの歳の頃の私なのだろうとアタリがついてしまうから、これはデジャヴか夢の中の景色と同じだ。


ぱっと目に浮かぶのは、ワイシャツの白とプリーツスカートの黒と、日に透けて揺れる髪の炭色。
おそらく17歳の私は、少しぬるくなったたチョココーヒー味のパピコを片手に、公園の木の下のベンチにぐだりともたれ掛かっている。
人生で彩度が最も高いような時期に、身につけるのは潔いというよりはシンプルすぎるだけの白と黒だけ。公園のベンチの煤けた屋根の隙間から、夏の昼下がり15時半くらいの空を仰いでいる。


どうせ田舎だというならいっそ、海辺の商店でアイスキャンディーを買って防波堤の上で海を見ながら食べるとか、古ぼけた小さな喫茶店でレモンスカッシュを飲むとか、そんな地味かもしれないけど絵になりそうな選択肢があればよかった。
だけど、そこまででもない田舎。田んぼと山しかないとか川で泳げるというほどではなくて、国道沿いにそれなりにお店や飲食店は揃っていた。ただ高い建物がなくて、空が広くて濃かった。


そんな17歳の日の景色を、思い出してまた見たいといつかの自分が思ったから、10年経ってもiPhoneにこの曲が居座り続けている。
勝手に脳内でPVがついてしまうのだから、毎回聴くわけでなくスキップしてしまう時があっても、何だかんだで自分にとっては意味がある曲なのだろうと思っていた。思っていたことを思い出した。



例えば失恋らしい失恋などしたことなどなくても、失恋ソングを聴いて勝手に「わかる」と思ってしまうことはめちゃくちゃある。少なくとも私はあった。
大失恋をしたことがあるどころか、自分に好きな人というものがいなくても、わかる気になってしまうのだ。

歌ができそうな恋をしている相手なんていなかったけど、それでも「いつか青春と呼ばれるのだろうな」と思っていた日々が、私は愛おしくて恋をしていたのだと思う。

思い出を作っていると思っていたけれど、実は手からこぼれていっていた日を思い出して慈しんでは、ふともう戻れないことに切なくなった。本当にこれで間違ってないのかなと揺らいでばかりだった。
それも含めてあの日々が好きだった。ずっとこうしていたいって思いが消せないままで、自分だけはずっとこうしていられるんじゃないかと思って、だけど同時に「高校生だった多くの人が、きっとこう感じながら気付けば終わっていたんだろうな」とも分かっていた。



今まさに振り返れば青春と呼ばれる真っただ中にいたくせに、そんな風にふと、まるで神様の視点で「いつかこの瞬間の風景をきっと思い出すんだろう」と思う瞬間はあった。
10年後のことはやっぱり全く予想できなくて、それでもすごい人にはなれていないことと、あっという間だったななんて笑っているだろうことだけは確かだと思った。

まさに数年経ってから「こんな気持ちをいつか思い出すって思っていたな」ということを思い出したのだ。
そんな未来予想図を勝手に描いていたなって、同じような濃さの空と同じような気温と湿度の空気に触れて、はっと思い出すんだと思っていた。
あの頃は「思い出せるように」ならなければいいと思っていた。思い出すということは、思い出さなければ忘れていたということだから。自由になりきれない17歳の、もどかしい気持ちを忘れないままでいたかった。

だけど同時に、過去形で思い出話みたいに喋れるようになれればいいなとも思っていた。いつまでも胸の中で揺らいでいられるにはどうにも生々しすぎて綺麗すぎて、いっそ「あの頃はこうだったよね」なんて言える思い出というやつになってくれればいいと思った。

だからいつか、今が思い出に変わった頃、例えば10年後くらいに、17歳の頃を思い出した時。
こんな歌を口ずさめるようになっていればいいなと思っていたことを、思い出したのだ。

真昼の月 / 音速ライン