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午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

僕らはきっとアンカーにも監督にもなれない。

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通勤途中、楽しそうに群れる学生たちを見るとイライラすることがよくある。

そして「寝坊しようと自主休講しようと自由だからって楽しそうだなちくしょう、わたしも戻りたい」なんて、目の敵にしたようなことを思う。平日の深夜に騒ぐ同じアパートの学生にちょろっと殺意を覚えることも、まあ、ある。

自分だってつい1年前まではあちら側にいたはずで、これまで20年近く散々学生はやってきたくせに、だ。

 

 

今まで学生という自由な職業しかやって来なかったから、それほどハードな仕事でないくせに拘束が多くなっただけでストレスを感じてしまうのもあると思う。それにしても心が狭くなりすぎていて自分でびっくりする。

楽しそうに見える学生時代でもストレスはたくさんあって、自分自身相当気が滅入ったり病んだりしていた。まだまだ遠い記憶にはなっていないはずなのに、自分が「学生」を終えてしまうと、現役だったころのことが簡単に分からなくなる。

 

自分が学生を卒業して社会人になると、周りからも一気に「学生」が消えた。それと同時に、学生として過ごしていたような時間や感覚はグッと減った。

もちろん浪人組や留年組、院進学組や後輩達やきょうだいはまだ居るけれど、それでも数年以内にはわたしの周りから「学生」はいなくなるだろう。

そうなった時、わたしはいつまで学生の気持ちを忘れないで覚えていられるんだろうか。寄り添って理解できるんだろうか。

 

小学生の頃、「大人はすぐ子どもは楽でいいねって言うけど、人はそれぞれ自分の許容範囲の中でいっぱいいっぱいです。使ってる体力の割合はおんなじはずで、子どもも一生懸命生きています」なんて抗議の作文を書いていたはずなんだけど。それは覚えているのだけれど。

子どもどころか大学生だった頃の感覚すらすぐ分からなくなるなんて、あの頃の自分に今会ったら叱られそうだ。

 

あの時のわたしは、親たちに向かって「自分にとっては通り過ぎた過去だからって、わたしにとっては今ですべてなのに、嫌なことや悩みを軽視しないで」って思っていたはずだ。

なのに 「小学生は部活も定期テストもなくて気楽でよかったよね」とか「大学生は年のほとんどが休みでいいな」とか、気が付けばめちゃくちゃ過去を軽視している。小中学生の頃の悩みなんて可愛かったって、絶対どこかで思っている自分がいる。

自分だって絶対、同じように思われていたのにな。それを肌で感じていたからこそ、抵抗を覚えていたはずなのにな。

 

自分や周りが「学生」という道を卒業してゴールしたからって、勝手にアンカーだった気になっていたんだなと思う。

自分も世代交代というバトンリレーをしていたはずなのに、後続で今まさに走っている人が居ることなんてすっかり忘れて、ゴールしたら急に監督にでもなった気になっていた。

自分の通ってきた部分だけがコースだと思っていたけれど、本当はその前後にも隣のコースにも延々と続いているリレーの一部分を担っていたに過ぎないのだ。

 

自分が高校生じゃなくなっても、新しい高校生が生まれるだけだった。自分が大学生じゃなくなっても、また新しい大学生が生まれるだけだった。自分が高校生になって大学生になった頃、誰かが高校生や大学生じゃなくなっていた。わたしだって、そうして高校生になって大学生になってきたはずだった。

自分が受験を終えたって就活を終えたって、またどこかで誰かの新しい受験や就活が始まっているんだった。

自分だってそうやって先輩たちからバトンを受け取って後輩に渡したのに、顔も知らない先輩や後輩の存在は無意識に知らんぷりしていた。

 

高校生の頃、漢文の授業で習って素直に「そうだよな」と思って今でも覚えている偉人の言葉がある。

その言葉が孔子の「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」(雑な訳:自分がされて嫌なことは他人にもするんじゃねえぞ)なのだけれど、これが結構難しくてよくやってしまっている。

だって自分が幼かった頃に大人にされて嫌だったことを、まさに自分もやっている。自分の嫌だったことさえゴールしたら忘れて、平気で人にできるようになってちゃさすがにダメだろう。それこそ自分が嫌っていた大人だ。

 

だから「若い自分が嫌だったこと」の感覚はちゃんと持ったままで、大人として生きていかないとダメだなーと思う。

自分が学生じゃなくなっても、学生として頑張っている子たちはいつまでも入れ替わりながら存在するんだから。

そう思うんだけど、やっぱり、あの、ほんとは学生たちもちょっとは死にそうな顔の大人にも優しくしてくれないかなー、いやほんとお願いだから優しくしてください数年後は我が身だよ?とも、思う。正直に言えばね、思います。

 

逃げ恥の百合ちゃんの名言を借りれば、学生諸君が「いやー社畜乙だねああはなりたくないわ、やっぱ学生のうちに楽しまなきゃ☆」と思っていても、コレこの先ほとんどの皆さんが向かっていく未来でもあるからね?未来の自分たちに石投げても自分がそうなった時に辛いだけだよ?ね?

社会人になったら終わりという呪いを解けるように現役社会人は頑張るから、学生の皆さんも未来の自分に優しくしましょう、してください…(百合ちゃんの名言はこんな意図ではなかった、なかったはず、あれっおかしいな?)

 

 

とにかく自分にとっての過去は他人事になってしまうし、未来もやっぱりまだまだ他人事だけど、自分にとっての過去や未来を今生きている人にも優しくするのが自分のためにも繋がるんだろうし、そうしたいと思う。

自分も含めてみんながギリギリで生きている世知辛い世の中じゃ難しいけれど、それでも自分はアンカーじゃないし監督でもない。バトンを先輩方から受け取って後輩たちに繋げていかなくちゃいけないはずだから。

ひとりで生きてるんじゃないから、自分がゴールしたら終わりじゃなくて、反省を生かしたいし先輩たちを見ていないとダメなんだよな。

 

と、地元の友人が週末に駅伝に出ていたのでそれに準えて人生を考えてみたりしました。人生はマラソンだね!駅伝はマラソンじゃないね! 

早いものでもうすぐ2月です。今年も1ヶ月が終わりとか怖すぎる。

寒さの厳しい時期ですが、どうにか無事に生きていきたいと思います。ではまた。