午前1時のレモネード

翌朝の化粧ノリより、夜更かしの楽しさが大事。

あの頃夢みてた場所に半分だけ辿り着いてみた話。

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生まれた街で暮らしていた高校生までの頃、わたしには可愛すぎて可哀想になりそうなちっぽけな夢があった。

ベタな田舎者の憧れすぎて恥ずかしいそれは「駅と無印良品とスタバが徒歩圏内にある場所に住む」。

なぜってその頃のわたしにとって、都会の象徴は無印良品スターバックスだったのだ。置いてあるもの全て、飾り気なくシンプルだけど洗練された雰囲気が都会的だと思っていた。

近くでコーヒーを飲むところなんてコメダ珈琲店くらいだった(好きだけど)。綿矢りさの「蹴りたい背中」で、主人公が無印良品の店内でコーンフレークを試食しまくるシーンが印象的で、なぜかとてもクールだと思っていたのも覚えている。

 

当時わたしの住んでいたところはいかにも田舎というほどではなく、駅までは徒歩30分以上1時間以内くらい。

遊ぶところも買い物に行くところもイオンが定番。コンビニはそこそこある。ファミリーマートにちょっとだけ置いてある無印コーナーが唯一の無印良品との接点。そんなよくある地方都市だった。

ちなみに当時の最寄りの無印良品スターバックスは、確かそれぞれ電車で片道45分と1時間半(それぞれ一応県内)だったと思う。

さらにちなみに言うと、無印良品はさらに近くにはできなかったけど、スターバックスはわたしが高校を卒業する頃になって市内のイオンに入った。

 

高校を卒業したわたしは、都会の私立大学を蹴って地方の大学に進んだ。自分のちっぽけな夢を思うと前者を選びたかったけれど、まあ家庭の事情というやつと、単に都会の国公立には頭が足りなかったという問題だ。

進学先はいわゆる駅弁大学があるのだから中核都市のはずなのに、地元と変わり映えしないか下手をすると地元より田舎なところだった。けれど、徒歩30分圏内に一応小さな無印良品の店舗と、スターバックスが2軒あった。そのうち1軒は駅に併設だ。

わたしの地元では駅前には文化ホールみたいなものしかなかったけれど、一応そこには駅ビルというものが存在していた。それだけでなんとか「憧れのキャンパスライフ」の「あ」の字くらいを保っていた。

 

それでも薄々気付いてはいた。確かにわたしは「無印良品スターバックスが近くにある場所で暮らしをしたい」とは願ったけれど、それだけではわたしのしたい生活にはならないのだと。

そう例えば、スターバックスだけじゃなくドトールタリーズも近くにあって気分で選べるとか(ベローチェなんて就活で東京に行くようになるまで、恥ずかしながら知りさえしなかった)。

無印に限らず、オシャレな雑貨や家具のお店が見て回ってハシゴできるほどたくさんあって、それこそIKEAなんかが近くにあるとか。

好きなバンドが歌う曲で「地下鉄」が出てきたときに駅のイメージが浮かんて共感できて、路線がどうとか乗り換えがどうとか言えるくらいに電車の交通網が発達してるとか(ICカードを持ったのもやっぱり就活で東京に行くようになってからだった)。

 

たぶんそれがわたしの本当に望む暮らしだと思って、就職先はそんな都市にした。東京には憧れを通り越して恐怖しかなかったから、地下鉄は存在しているいわゆる政令都市のひとつに移り住んだ。

最初の仕事では高い家賃を払えなかったから、月4万円台の郊外の学生向けマンションに住んだ。転職したのと2年更新の時期だったのもあって、この春にやっと都市の中心部、ターミナル駅まで15分程度のところへさらに引っ越した。

今住んでいるところは、駅から自宅までの間にスターバックスが存在している。ひと駅手前で地下鉄を下りれば無印良品ドトールタリーズベローチェも存在している。初めて知るようなカフェチェーンもちらほら進出してくる。

住んでいる部屋はエントランスなし呼び鈴なしチェーンのみの安アパートじゃなく、新築オートロックエントランスでエレベーター付きのダブルロックだ。

 

仕事を辞めたいとぼやく同僚に「今仕事を頑張れるモチベーションって何?」と聞かれたとき、浮かんだのはこのマンションだった。そのくらいには、たぶんここにいることに執着している。

進学先を選べなかったあの頃と違って、自分で住む場所を選んだ。

夢に見ていたどころか、田舎の高校生には知識としてなくてイメージもつかず夢にさえ見られなかったような、立地よく立派なマンションに住む暮らし。

正直親の金でそれができる都会の私大生を妬んだりもしながら、6年遅くなったけどやっと、やっと手に入れた。夢に見ていた場所に、今わたしは住んでいる。

 

だけど、正直に言ってそれだけだったのだ。当たり前だけど、住む場所を変えただけで幸せで楽しい毎日を送れるなんてわけはなかった。

そもそも考えてみたらここでやりたいことなんてなかったのだ。学生の頃は「近場でオシャレなカフェを探索したり、街中の緑あふれる公園を散歩したりランニングしたりしてみたい」なんて考えていたけど、今となっては何のことやら。

たぶんわたしが本当の本当になりたかったのは、それが「いつでも当たり前にできてありがたがることさえしない暮らしをできる人」だ。

だけどそれは、今のわたしではできない。今のわたしどころか、たぶん一生わたしにはできない。

 

気付いてしまったのだ。もう取り戻せないって。

居場所だけは居たかった場所にやって来られたけど、そこにいるわたしがなりたかった大人になりきれていない。見た目的にも精神的にも。

そもそも、わたしがなりたかった大人は「学生時代にそれなりに都会を渡り歩いてきて、ある程度どこに何があるかを分かっている人」だ。いろんなお店を知っていて、自分に似合うもの、好むものを知っている。

その経験を学生時代にできないまま、年齢だけ大人になってしまった。さも「分かってますよ慣れてますよ」といった顔でカフェやファストファッションのお店に堂々と入っていく学生が眩しくて仕方なくてしんどい。

死ぬほど自意識過剰なだけだと分かってはいるけど、わたしがわたしを許せない。都会にいてこの歳になっても、怖くて何もできない自分が。澄まし顔でオシャレなお店になんて入ったところで歳だけとった田舎者だと見透かされそうで、いつまでも入っていけないことが。

 

都会なんて地方出身者の集まりだということも分かっている。知っている。

けれどやっぱり「ここが地元だ」と言う人、「大学がこちらでそのまま就職した」と言う人もとても多い。誰も何も言わないけれど、ただわたしが勝手に引け目を感じて勝手に落ち込む。

制服を見にまといながら、平日の空きコマに昼間から、スタバやファッションビルやデパートを歩けていた人たちとは経験値が違うと。

今からカフェや服屋に行きまくってそうなりたいわけじゃない。背伸びしてまでそうなりたいわけじゃないのだ。ただ自然と、若い頃からそこにいて、環境的にそうなってしまいたかった。

むしろもうそんなことを「あの頃は若かったね」と笑いたくすらなっている。そんな機会と思い出が今までの時点でほしかったし、だからもう取り戻せない。

 

例えば憧れの人の母校に進んでみたり、住んだ街に住んだところでその人にはなれない。生まれ育ってみたかったと思っていた場所に大人になって住んでも何も意味は成さなかった。

極論を言えば、狭い地方都市で眉目秀麗文武両道と褒めそやされていかにもリア充といった生活をしていた人より、大都会の隅っこで目立たず何の特技もなく大して友達もいないけど、当たり前にスタバやタワレコに行けていた人の方になりたかったとさえ思う。

中高生の頃のわたしがあの地元で足りて笑えていたのは、憧れてもムダだと、遠すぎてどうにもならないと諦めていたからだったと今更気付いたし思い出した。

 

こんな感情をたった7文字で表せる「コンプレックス」という言葉は便利だなとつくづく思う。

あの田舎町で、それでもわたしが一番好きだった季節がやって来る。この街でそれを過ごしていたらどうなっていたかなと思い描きたくなるけど、ほとんど思い描けないし「そもそもそれってわたしか?」と思うくらいにはわたしは生粋の田舎者みたいだ。

ほんとうに、本当にバカみたいだと思うけれど。死んだら延々とパラレルワールドを巡れる世界に行けたらいいと思う。そうやって、東京で生まれ育っていた自分バージョンの人生を送って、また死んだら大阪名古屋福岡あたりの各都市バージョンをコンティニューしたい。

宗教や宗派が違えば好きだった人たちに死後会えないとかバカじゃないかと思うし、なおさらそれが天国だったらいいなと思う。ああ、話が脱線したにもほどがあるな。

行ってみたかった場所がたくさんあったはずの都会にいるけれど、もう休みの日は寝たい以外の感情が湧かない社会人になってしまったわたしは、そんなことを考えながら今日も夜更かしをする。